2014年12月30日火曜日

ヒヨが来ている。

キャベツにはウンチまでしてある
網を張った。
暮れも押し迫ってきているというのに一仕事増えることとなった。買い物の帰りに畑の様子を見に来ているのだが私が近づくと30羽くらいの鳥が一斉にブロッコリーの畝から飛び立ったではないか。約一週間ほど前から何かしらの鳥が食事をしていっているのは見ていたがその数も少なくあまり気にはしていなかった。ヒヨドリだけでなく何種類かの野鳥がやってくる。中には昆虫を補食してくれる農家にとっては有り難い益鳥もいる。時折飛来してきているのは定住型のヒヨドリか大きさも類似しているイソヒヨドリだと思っていた。それにヒヨドリは毎年やっては来ないし来たとしてももう少し後になってからだと思っていた。一昨年はアブラナ科の野菜は甚大な被害を被っている。そればかりか豌豆の苗も根本近くから丸坊主にされてしまった。確証を得るべく私と同じように野菜作りを楽しんで見える県内の方のブログを覗いてみた。昨日アップされた記事だがヒヨドリによってブロッコリーの葉が食害に遭ったと記されていた。間違いなく奴らの仕業だ。
 今日は年末に必要な買い物を済ませたらまっすぐに帰宅する予定だったが明日になればもっと多くのヒヨがやってきて私が正月を楽しんでいる間に野菜達を丸坊主にしてしまうことは目に見えている。食べられていると言ってもまだまだ余裕はあるのだがキャベツなんかは食べた後ウンチまでしてあるではないか。もっと遠慮さえすれば長い旅をして羽を休めに来ているのだから見逃してあげるつもりだったがこの横着さは許せない。予定外だが網を張って食害の対策をすることにした。
ブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、白菜、そして豌豆は死守したいのでこの辺りを重点的に囲うことにした。玉葱、ネギ、ニンニクは食べないだろうし葉物野菜はトンネルで囲ってあるしカブやダイコン、小松菜は網の在庫も尽きたので余裕があれば対策を施すことにした。今日できるのはここまでだ。

2014年12月28日日曜日

プチ土木工事

プチ土木工事
自分で出来ることは何でもこなすのが自給自足流。というわけで今回は気になっていた所にブロックを並べた。北側の菜園には緩やかな傾斜がついている。普段の耕作には何ら問題はないが時々大雨に会うことがあり土がどうしても流れてくる。それが中央の溝に溜まってしまい一輪車に載せて元の場所に運んでいる。野菜作りを志す者にとって土は何よりも大切なものだ。雨に流されてしまう土を見ていると痛みさえ感じるほどだ。肥料分も同時に流されていると思う。対策として藁や芋などの蔓を敷いてはいるが万全ではない。流れて養分を含んだ雨水はやがて山の方に向かう。道理で畑に接した雑木の育ちが良い。
土砂は雨水と共に溝の土手も崩しながら流れることがある。これ以上の流失を防ぐためにも今回のブロックの敷設は意味がある。ブロックをセメントで固定すれば完璧だが今後の手直しのことも考え水や土の圧力に負けないように鉄筋やプラスティックの杭を打ち込み固定した。このように雨水を始め自然の力によって私が子どもの頃見ていた畑と比べるとその様子も少しずつ変わってきているのではないかと思う。省みるにこの溝もかつてはもっと下流の部分に比べると落差があったように思う。畝を東西に立てるか南北に立てるかもっと畑の傾斜や地形を見なければならない。南側の畑は傾斜を考えると南北の畝が理にかなっているが北側のある部分は東西に畝を立てた方が良いようにも思う。特に北西の部分には野菜を洗ったりする所があるのでこの辺りからの水による浸食が気になってきている。しかし年間を通して何某らの作物が植わっているのでそれらを一時整理しなければならない。いつ畝の向きを変えるのかが問題だ。

2014年12月27日土曜日

神社のボランティア

獅子舞の練習
自治会の用務で神社の焚き火の見守りに行って来た。12月1日から新年の獅子舞の練習が始まっている。温暖な土地柄と言っても夜間は結構冷えてくる。冷えた体を温めるには焚き火が一番である。私たち自治会からはその焚き火の番と後始末を任されている。神社総代をはじめ関係者と笛太鼓の奏者そして獅子頭の舞手の合計20人近くが毎晩集まってくる。舞やしきたりを伝えていく人も見たところかなり高齢になってきており保存会の皆さんの尽力がなければ伝承は途切れていってしまう。獅子舞はかなりの重労働になるのでもっぱら若い中学生を中心とした人選で行われている。この中学生達が将来地域に残って伝えていってくれると良いのだがどうも彼らの感覚はアルバイトという感じなのだ。恐らく近い将来この地から去っていくものだろうと思う。正月には厄歳の行事も神社で行われるが今年厄を受ける人の数は聞いたところ極めて少なくなってきているそうだ。この年代の人は百人を越えていたはずだがみんな何処へ行ったのだろうと思ってしまう。町の消滅が危惧されていると言うことがよくわかるような気がする。
それとは逆に年輩の笛や太鼓そして保存会の皆さんの熱気はひしひしと伝わってくる。みんな世間話も挟みながら舞手の技をサポートしつつ中学生に気を遣いながら褒めたりして励ましている。
 さてこのボランティアは暮れまでに二回ほど当番が回ってくる。ノルマは既に消化したが火の番という名目以上のことは皆さんやっていないようである。私なんぞは薪を運んだり結構お手伝いをしているつもりなのだが一緒に来た自治会の方はただ座りながら火を見ているだけのようだ。最後は水をかけて鎮火させてはいたが熱心な保存会の人を見ていると手を出さざるを得なくなってしまう。
 神社と言えば普段はあまり馴染みがなく小さい頃は母に手を引かれ獅子舞(私の町ではその楽曲の調子からチュラさんと言ってきた。)を見て振る舞われる餅を拾ったことくらいしか思い出がない。少なくとも八百よろずの神の信仰には私の場合繋がっていない。信仰の対象と言うよりも地域の伝統文化と言った方がしっくりくるようだ。不思議なもので小さいときに耳にした太鼓のリズムは耳の奥に深く刻まれている。ドンドコドコドンといった太鼓のリズムがややアチェルランド気味に奏されるのだが私の耳には心地よく鳴ってくれる。大晦日には注連縄や(注連縄はこの地では一年中飾ってある。)お札を焼きに来たり初詣に来たり、そのほか厄歳の行事・還暦の行事等たくさんあるのだが久しぶりに餅でも拾いに来ようかとは思う。

2014年12月26日金曜日

里芋の交換

三河丸芋
畑で仕事をしていると何人かの人が声をかけていく。Kさんは冷やかし半分で何を植えているのか話しかけてきた。冷やかしとは言え丹誠を込めた菜園にエールを送ってくれた。いつ何時だって何かしら収穫物があるのでその辺りを評価してくれているのだろうと思う。Kさんに続いていつものN氏が里芋を持ってやってきた。「三河丸芋」という品種で食べてくださいと言われた。N氏には先日餅米を頂いたばかりなのに頂いてばかりで恐縮である。畑で体を動かしていると通っていく人と話が出来たり時には栽培していない野菜を頂いたりすることがある。いけない、いけない!!最近もらい癖がついてしまっている。N氏とは芋談義が始まったが我が菜園にも「石川早生」という品種のものが残っているので一株掘りあげて試食してもらうことになった。一つ一つの芋も大きく、付いている数も多かった。草木灰を潤沢に施したからかも知れない。株ごと掘ったのでかなり土が付いていたのだが流石はN氏、土はもったいないので丁寧に取り去りその場で私の畑に戻してくれた。プロの農家さんの心得に改めて感服した次第。私も負けじとN氏の持ってこられた芋を観察してみた。黒々とした土は恐らく灰土をたっぷりと施しているのではないかと推察した。

2014年12月25日木曜日

キャベツ

試練を乗り越えたキャベツ

 白菜や大根、ブロッコリーにカリフラワー・・・これらの旬の野菜に比べるとキャベツは私の菜園では存在感がない。栽培数のこともあるのかも知れないが冬場の鍋のシーズンには主役の位置から少しワキの方に追いやられている。しかし今年のキャベツに関してはいろいろと苦労話があるのだ。真夏に種蒔きをしたが気温が高く水やりや日よけに苦労した。けれども苗がどうしても徒長してしまいヒョロヒョロ育ってしまった。9月には昆虫たちの餌食になってしまいせっかく育ち始めた本葉が無惨にも穴だらけになってしまった。やがて気温が下がるとあれだけ猛威をふるった虫たちもいなくなりやっとキャベツらしくなってきた。とはいえこの時期にはまだまだソフトボール大のものだった。どうせモノにはならないだろうと諦めていたのだが12月に入った頃から店頭に並んでいるものと何ら遜色のないものになってきた。少し残念なのはスーパーのチラシに目玉商品として載っているものが一個78円と記されていることだ。あれだけ私をヤキモキさせたキャベツがこの値段かと思うと悔しいが瑞々しさと食味は自信がある。一枚一枚美味しく食べないと苦労が報われない。

2014年12月24日水曜日

シキビを採る

シキビ
年末も近くなりお墓の清掃もそろそろ行わなければならない。かなり強めの剪定をしたがシキビの木から今年伸びた新しい枝が丁度お供えするのには適当な長さになってきている。畑の縁に植えてあるのだがこれだって買えば結構いい値段が付いている。お金のことばかりではなく自分で育てたシキビを先祖の墓にお供えするというのは悪いことではない。自ら育てたと言うことで少しでも供養になるのではないかと思っている。
 盆や彼岸とは違うが墓を掃除して線香とシキビを供え手を合わせ今年あった出来事を報告することで清々しい気分になり新年を迎えられると思っている。

2014年12月23日火曜日

結局

after all
昨日は馬鈴薯の植え付けをして中途半端な畝上げに終わった。自分に勝手のいい理由をつけて春の土寄せを待つことにしていた。馬鈴薯の種と言えばこの春に収穫して食べきれずに残って芽が吹いてきたものがあった。馬鈴薯の種はウイルスや菌が蔓延ると言うことで毎年種を購入しているが自家栽培したものでも悪くはない。近所の皆さん口をそろえてそう言われる。私の経験からは種は出自のはっきりしたものを購入した方が良いように思う。畝は少し余裕があるのでキタアカリとメイクイーンを二列ずつ植えることにした。あまり欲張ると収穫が大変なのはよくわかっているが畑を休ませておくのは何かもったいないような気がする。結局昨日と同じようにして植え付けてしまった。
 植え終わって畝を眺めてみるとやはり仕事の雑さが気になってきた。雨が降ったときのことを考えると今のうちに形を整えた方が良いように思えてきた。結局雑な畝の手直しをしてしまった次第。畝と言っても土はフワッと置かれているのでしばらくすると低くなって締まってくるだろう。三月になったら追肥と土寄せをしようと思うがそれまでは馬鈴薯の畝はこのまま放置しておくことにする。自画自賛になるかも知れないがこの畑で採れた芋類は味がとても良い。先日某所で焼き芋を頂いたが我が菜園の芋の味には及ばなかったと思っている。馬鈴薯もしかりである。はるか昔のことであるが某レストランのシェフからお墨付きも頂いたことがある。