2012年6月30日土曜日

6月最後

6月も最後の日となった。今日は朝から最後の芋植をした。既に予定分の芋植は済ませてあったがジャガイモの跡地が2列空いていたので鳴門金時と隼人芋を植えた。今夜から雨が降るという予報なので確実に根付くと思う。自家採苗のものは鮮度も良好で店頭に何日も置かれていないので植えれば殆ど活着してくれる。難を言えばビニルシートで保温はしているが露地で苗を育てているため若干遅めになるということだろうか。
過日の台風4,5号で倒れてしまったトウモロコシも茎の下部は曲がってはいるが穂は上を向いて実を着実に太らせている。
午前中にニンジン、モロッコインゲン、インゲン、ピーマン、牛蒡、三つ葉、キャベツ、大根、枝豆、小松菜、キュウリを収穫した。これらは貢ぎ物である。ニンジンの例でも収穫期が一度にやってくるので蒔いた種は責任を持って刈り取らねばならないが、私どちらかというと収穫よりも育てる過程の方に関心があり徒長させてしまうこともある。画像は6/30のものだが手前から牛蒡、トウモロコシ、スイカ、ウリ、ナス、ゴーヤ、ピーマン、山芋、伊勢芋、オクラ、モロヘイア、里芋、生姜が植わっている。奥の方はトウモロコシ、ピーナッツ、アスパラ、枝豆、カボチャ、甘藷、ネギ、インゲン、キュウリ、セロリ、黒豆が育っている。

2012年6月29日金曜日

里芋

 芋と言えばサツマイモを連想してしまうが、古より山の芋に対して里の芋と言うことで私たちには馴染みが深いが両者ともジャガイモや甘藷の陰に隠れてしまっている感がある。少なくとも常備野菜とは言えない。晩秋に掘り出し煮物や衣かつぎでシンプルに生姜醤油で口に放り込む美味しさは格別である。毎年決定的な栽培法が確立しないまま畑に植えているが、種芋は前年度分を保存し使い回している。夏から秋にかけて草勢が活発になり小雨なら葉をちぎって傘代わりに使えるくらいになる。しかし元々南方系の植物、以外と乾燥に弱い。昨年はトウモロコシの収穫後に出来た茎や葉を敷き藁にし灌水をしたり土寄せをしたり脇芽を除去したりして栽培したが手間がかかりすぎた。今年は黒マルチで栽培している。除草や保水性があるため灌水の手間が省けそうだ。中秋の名月の頃お供えにとも思うのだが多分初霜が降りる頃掘り出して煮物にすると思う。二種類の里芋を栽培しているが、収量も多く大きな芋が採れる石川系と茎も親芋も食べられるねっとりとした食感のあるものを育てている。収穫はまだまだ先だが元気に育っている。

2012年6月28日木曜日

はっと思ってふり返る

家の近くを歩いていてハッと思いふり返ることがある。私、野菜作りは楽しいので続けているが花卉も育てないわけではない。近くのお婆さんのことであるが趣味の良い花を育てている。町の花壇やガーデニングに精を出されている方々の花々とは少し趣が違う。同じ花でも丹精が行き届いているため色が鮮やかなのである。そればかりではなく周りの明るさや景観との調和を意識されているかどうかは定かではないが見事なのである。思わずふり返り凝視してしまう。昔から花泥棒はその罪を問われないとされているが、同じアジサイの花であっても思わずひと枝拝借したくなってしまう。しかし、そのお婆さんの花は彼女の花畑に咲いていてこそ価値があると思うので頂いてはいない。

 私も花の美しさには幾度となく心ときめいたことがある。画像の花、名前も調べたことがあるがそれよりも毎年この時期から夏場にかけて小さいながら涼しげな可憐な花を咲かせてくれる。頂いたのはたったひと枝だけだったが生け花を楽しんだ後、挿し木をして増やしたものだ。花を咲かせていない季節はどうしても水やりや施肥が疎かになり忘れられているが、この季節になると目を楽しませてくれる。育て始めてから十年近くなるが、挿し木を続け家の周りに何カ所か増えているがよく似た色合いの芙蓉のように花は大きくはなく、どちらかと言えば控えめな奥ゆかしさのある花である。

2012年6月27日水曜日

人が集まった

 今日はお天気の見通しが立たず野菜でも収穫するつもりで畑に向かった。隣の畑では番茶の刈り込みをされていた。途中茶を刈り込むエンジンの音が不安定になったかと思ったら機械が動かなくなってしまっていた。親子で作業をされていたのだが息子さんが私が車を止めているところに歩いて来られた。どうもキャブの所に通じるパイプに穴が空いており燃料と空気の混合がうまく行かないそうだ。この路傍、軽トラックがやっとすれ違うことができる幅しかないが、皆さん狭いところで鉢合わせになれば気持ちよく会釈をかわし譲り合って利用している。町中のように自己の権利を主張し合うことはない。そんな話をしていたら同級生のM君がやってきた。親戚の畑が奥の方にあるので年に何回か立ち話をする。共通の知人の最近の様子などの話を聞いた。小学校からの同級生のS君が最近帰省したと言うことだが不景気で宝飾の仕事も陰りを感じているとの情報だった。そこへいつも道を通るたびに声をかけてくれる3年先輩のHさんが足をとめてくれた。最近浜島と御座の間でアジが面白いように釣れる話などを聞いた。最後は私が常より見習うべきだと思っている篤農家のNさんが加わった。皆さん仕事の途中なのだが時間に拘束されていないので寄れば四方山話に花が咲く。

 この畑、普段は殆ど人通りもなく寂しいところにあるのだが今日は小一時間にぎやかだった。

2012年6月26日火曜日

ちらし寿司

 私の住んでいる町を始め志摩市には美味い寿司屋さんが多いように思う。それぞれ特色のある味を提供してくれているのも楽しみの一つだ。志摩町和具にも好きな店があり店を訪れるたび期待が膨らむ。新鮮で良質の魚と寿司屋とのかずとは相関があるのだろう。
 私も良い魚と出会ったときは持ち帰って寿司にしたら美味いだろうと思ってしまう。今日は鯖のちらし寿司を作った。具の中にはmade in my farmの甘酢につけて置いた生姜、堀りたての牛蒡、人参そしてインゲンが他の具と一緒に入っている。母親はしめ鯖に対してとても用心深かったため子どもの頃からあまり食べさせてもらった記憶がない。その後いろんな所でこの寿司を食べる機会が増えていったが、お腹を壊したことなく今日に至っている。私の知人にしめ鯖にあたり七転八倒する目に遭った人がいる。どうも鯖や烏賊に寄生するアニサキスという線虫のような生き物が胃壁に食いつき激痛を与えたらしい。とても辛抱できるような状態ではなかったらしく日赤病院まで駆け込み鉗子で取ってもらったらしい。その話を聞いてから私も鯖の生には注意を払うようになった。実際自分が買ったスルメイカにはアニサキスがいたことがあった。虫の他にも食中毒に繋がるような細菌がいるが鮮度の善し悪しをよく見れば避けられると信じている。アニサキスについては鮮度の良いものほど活性が高いと言うから始末が悪い。以来、鯖と烏賊は生食する場合は一度冷凍することにしている。食味は損なわれるが安心・安全第一である。烏賊に限っては冷凍したものを刺身にしてもそれほど食味は低下しないと思う。烏賊は塩辛も自分で作ることがあるが一旦冷蔵庫内で調味料と共に熟成させたものを冷凍してから食卓に出している。私の知人などは鯖は皮をちゃんと剥いて青じそを添えて食べるといいと言うが、皮を食べないと言うのは当然のことでここには食中毒の原因になる菌が付着していると理解できるが、大葉で魚肉の中のアニサキスが殺せるとは思えない。今日のしめ鯖も一度しめてから冷凍したものである。ビクビクしながら食べるよりも安心して食べられる方が良いに決まっている。椎茸、高野豆腐、錦糸卵、刻み海苔そして畑の野菜が鯖の脂と渾然一体になって口の中で混ざり合い口内調味される。このハーモニーは何とも言えない。

2012年6月25日月曜日

シマアジ

シマアジは美味い魚だ。私、今は野菜作りを楽しみとしているが一時釣魚に凝っていたことがあった。趣味が高じて船舶免許を取り志摩半島の先端から太平洋側へ魚を釣りに行ったこともあった。それまでにも磯釣りを中心に魚釣りを楽しんでいたが、冬場になると南島町の相賀浦の渡船を使って寒グレなどを釣っていた。海が荒れていて渡船が出なかったとき地磯からシマアジを釣ったことがあった。アジの仲間は大抵美味い物だがこのシマアジは別格だと思う。今回食したのは画像のものである。釣りをしていた頃から持ち帰った魚は自分で調理していたので、このシマアジも三枚におろし刺身にした。脂が乗っていることももちろんだが旨味を強く感じる魚だ。食べた後のことだがこれで寿司を握ってもよかったと思った。
 志摩は温暖で私のように菜園を楽しむのも良いが、もともと豊かな海の幸に恵まれた土地である。魚種が豊かで年間を通して様々な味で舌を喜ばせてくれる。時々魚屋さんのショーケースをのぞき込み、美味そうと感じたら衝動的に買い求めてしまうことがある。目を見たりエラを見たりするが、志摩で買い求める魚は殆どと言って 間違いはない。

2012年6月24日日曜日

今年は梅雨明けが早いかも知れないと言われている。その後には酷暑がやってくるが、この頃になると夏ばて解消のため鰻を食べる。ここ3年ほど稚魚が激減していて鰻の値段が高騰している。子どもの頃は自分の家で鰻を焼いてよく食べた。炭をおこし鰻の頭を錐でまな板に刺してそれを裂くのだが元気の良いものは手に巻き付いてくる。よく言われている秘伝のタレなんて関係ない。砂糖と醤油と酒程度の加減で我が家独自の味に仕上げる。家からそれほど遠くない浜では夜になるとミミズを餌に鰻を釣っている人もいた。私も釣魚に凝っていた頃、梅雨に入ると夜になると湾内でスズキ釣りをしていた。時々その針に鰻が食いついて来ることがあった。近くの人は篭に木の枝などを入れそこに鰻を誘い込み漁をしていた。

 近頃は買い物に行ったついでに昼ご飯に鰻丼を食べることが主流になってしまったが私のイメージするものにはなかなか出会えない。タレが辛かったり焼きが甘かったりするのだ。それと、値段が問題だ。元々、鰻は庶民の食べ物で今ほど大騒ぎして食べるものではなかったはず。来客があったりしたとき気軽に出前を頼みお腹を満足させる程度のものだと思ってきた。醤油と砂糖と酒、味醂の濃い味に焼いて漬け込んだものだから高級な料理とは考えにくい。しかし一級の味覚には間違いない。
 近郷にも昔からの老舗が数軒ありそれぞれ固定のファンを持っている。志摩の民は自然の素材が豊かであったため舌も肥えている。とかいう私も自分の町のH店の鰻が好きである。焼き加減、タレの味とどれ一つとっても私の舌を納得させてくれる。先日も鰻の弁当を頂いたが、鰻の高騰が反映されていて、4切れ(肉厚で大きかったが・・・。)乗っていて2300円だった。あと500円安ければ一気にかき込むのだが、一口ずつ時間をかけてじっくりと味わった。