2010年10月19日火曜日

第一回ギターサロンコンサート


先ほど広垣進氏の第一回ギターサロンコンサートから帰ってきた。

広垣氏は志摩でも何人かギターの指導をされていることもあり、その縁で「プルーフ」という会場でコンサートを開催することになったそうである。開催に当たっては「志摩ギターを楽しむ会」も後援という形でバックアップさせていただくことになった。

初めてクラシックギターの演奏を聴かれる方も見えていたようで、プログラムはソルのエチュード、タレガのアルハンブラの思い出、ヴィラ-ロボスの前奏曲等ポピュラーなものを選んで組み立てられていた。

氏のブログにも腱鞘炎のことが記されてから久しいが、話を聞いてみると完治はされていないようであった。指に負担がかからないように運指をかえてみる等、工夫されていた。音楽の流れとして聴いているとかつての演奏とは違った雰囲気を感じた。

 今日の演奏では、魔笛の転調された部分が印象的だった。音色や重音のバランスは細部まで神経が行き届き繊細さが感じられた。その中でもヴィラロボスの前奏曲No4,No3は完成度の高さを感じた。今までに数え切れないほど弾きこまれていることもあるが、まるで自分の家の庭を歩いているかのように演奏された。いろいろな演奏家のものも耳にするがNo3では作為的でなく自然な安心感の醸し出されるものであった。

 10/30には相差で11/6には志摩で、それに加えて伊勢では300回記念コンサートと多忙を極める氏であるが、この秋は楽しみである。

2010年10月13日水曜日

久しぶりに

 志摩は新鮮な魚介類にも恵まれている。同僚のH君の誘いもあり久しぶりに釣行に及んだ。思えば10年くらい竿を出していなかった。勘もなかなか戻っていないしアフター5なので辺りは結構暗くなっている。ウキの在処は電子ウキを使っているためよくわかったのだが、仕掛けの位置が定まらず苦戦した。同僚のH君は根掛かりのため釣果には恵まれずリタイアすることになった。結局このポイントでの続行はあきらめ本日は納竿しようということになった。それじゃ私は次回のためにG町の様子を探ってから帰宅すると彼に告げたもののそこまでの移動は距離的にもかなりある。言ったもののリサーチに行かないわけにもいけないのでそこまで車を走らせた。
 現地に着くとどうしても竿を出してみたくなる。疲れているし時間も遅かったにもかかわらず釣りを始めてしまった。結果は良型の鰺を12匹釣ってしまった。のべ竿でサシアミの小さな餌で一匹ずつ釣り上げるという何とも非効率な釣りなのだが、これが結構おもしろい。軽い装備なのでヒットすれば大物にも匹敵するような釣り味が楽しめる。家に着いたら10時を過ぎていた。
 久しぶりと言うには余りにも久しかったのだが、その楽しさに魅了されてしまいそうである。

 久しぶりと言えば、かつての先輩で同僚でもあったY.Y氏に2年ぶりに会った。弁舌さわやかでユーモアがあり仲間からも信望が厚かったが早期退職されてしまった。特に再就職するでもなく今は小さな土地を借り野菜作りを楽しまれているそうである。秋から冬にかけて栽培する野菜についていろいろと質問を受けたが氏特有のFish storyもあるかと思ってしまうところもあった。そういえば数年も前から私の菜園を見たいと言い続けていたのだが未だ実現していない。

2010年10月6日水曜日

第8回コンサート

 第8回志摩ギターを楽しむ会の企画が整いました。
日 時 2010年11月6日(土)
開場18:30 開演19:00
場 所 阿児アリーナミーティングルーム

内 容 ①小林恵子さんのギターソロ
     ②吉川伸幸さんのギターソロ
     ③Dr.井本さんのギターソロ
     ④広垣進さんのギターソロ
     ⑤広垣&吉川さんのデュオ
 と言うことになりました。
 今日、会員の皆様には詳しい内容を記したチラシと趣意書を郵送してきました。今年度は4月当初30人くらいの会員でスタートしています。少々人数が少ないかなという不安はありますが、秋の例会で参加していただける方々のご理解を期待したいところです。

 やっと秋らしくなり音楽に親しむ雰囲気になりましたが、この夏は私自身楽器に触れることがおっくうになるほどでした。せめて楽器に染みこんだ水分を飛ばしてあげるためにも弾いてあげると良かったのですが猛暑と汗がペタッと楽器に付くことが不快でしたね。頼まれて、人様の楽器はいろいろと鳴らしてみたりチューニングをしてみたりしたのですが・・・

 10月19日(火)19:30~鵜方のプルーフと言うところで広垣さんのサロンコンサートがあります。
 10月30日(土)18:30~鳥羽市相差町「鳥羽磯部漁協女性等活動拠点施設」と言うところで私たちの会員でもある中村氏の主宰でギタリスト加藤丈晴氏を招き、相差ギターを楽しむ会のコンサートがあります。私も都合をつけて聴かせていただこうと思っています。
 

2010年6月22日火曜日

あと少しなのに残念

 右写真のようにプラムの木が真っ二つに折れてしまいました。梅雨に入り低気圧の通過時には風も強く吹く日がありました。この木は植えてから5年強立ちますが、一昨年あたりから本格的に実をつけ始めていたのです。去年は食べきれないくらいの収穫がありました。今年も春から畑に来るたびに小さな実がだんだんと大きくなっていくのを楽しんでいたのですが、、、
 原因は強風もありますがそれ以上に摘果を積極的に行わなかったことにあります。実が小さな頃は問題がなかったのですが、大きくなるにつれ果実の総重量に木が耐えきれなくなったのだと考えられます。
 私、自分で食べるのも好きなのですが、この枝に付いた実は○○さんに、こちらの枝は△△さんにそして、この大きな枝に付いたものは職場にと、もらっていただく先を皮算用していたのでした。
 裂けてしまった右半分はもうダメですね。あと10日くらいで収穫になりますが木が枯れなければ収穫だけはすることにしましょう。左半分が傷の部分が何とか修復できれば残った枝を右側に誘引して何とか来年に期待を寄せたいものです。実をつみ取った後、残された部分については添え木も試してみると良いかも知れません。
 このプラムの木は思っていた以上にすくすくと成長していたので栽培が楽だと思っていたのですが、成長が早い分、木は柔らかかったのだと思っています。制枝・剪定と摘果を適宜行わなければならないことを学びました。

 

2010年6月14日月曜日

褒めてもらう




 第7回コンサートが終わってから野菜栽培もいろいろと試してみた。春から夏にかけて、特にゴールデンウィークのあたりは毎年忙しい思いをする。まずは、馬鈴薯を収穫した。今年は黒マルチをかけずに栽培した。除草が大変だと思っていたが2度ほどで済んだ。そのたびに追肥と土寄せを行った。
 空豆やスナップエンドウ、実エンドウはこの時期の定番であるが今年は春大根を植えてみた。思いの外、好調でたくさんの収穫があった。ご近所や知り合いにお裾分けしたらタケノコや蕗が帰ってきた。当方、余分な野菜を差し上げただけなのだがお返しを頂き恐縮してしまった。
 ニンジンもほうれん草も小松菜も葉大根も・・・この春は栽培の種類を増やして見た。春の気候の影響でスーパーではキャベツなどが高いと騒がれていたが、春キャベツも順調に育ちこれも食べていただいた。

 ゴールデンウィークはトウモロコシを植え付けた。毎年植え付けているがシンクイムシという害虫に食べられてしまい悔しい思いをしている。
 6月のある日軽トラックで横の道をゆっくりと通りかかる年輩の方が立ち止まられた。そして、私に向かっていつ頃植えたのか、とか肥料は何を与えているのかといろいろ聞いてきた。どうしてですかと聞き返すと、あまりも元気よく育っているので・・・と言うことだった。この町の人なら子どもの頃から知っているが、この方は地元の人ではなさそうであった。けれどもこのトウモロコシを褒めていただいたのは嬉しかった。
これは牛糞の山である。2t車で2台分ある。秋野菜のために運んでもらったもので石灰窒素を混ぜて熟成させようと考えている。この堆肥を眺めていたら隣の農家の方が近寄ってきた。いろいろと立ち話をしながら情報を聞かせていただいている。有機肥料は良いのだがミミズが発生しそれを食べにモグラがやってくることやウサギなどの害獣に気をつけなければならないことを教わった。
 私、普段は仕事を持っているのだが、夕方帰宅の途中に畑に時折立ち寄るので、「あんた、よう働くなあ」と、これも褒めていただいた。
 3っつ目になるが、プロ中のプロだと(私の主観)思っている農家の方に声をかけられた。この方からはカラスやハクビシンから作物をどのように守るのかコーチを受けた。私の菜園では電気柵(イノシシ対策)、アニマルフェンス(ウサギ、狸、小動物対策)、上からはネットとテグス(カラス対策)と三重に防御をしている。その正当性をいろいろと説明してもらった。この方からも上手に手入れをして栽培していると褒めていただいた。
 他人に、しかもプロの方に褒めていただいたと言うことはこれまでなかったことである。今まではサツマイモや豆、里芋程度しかこの季節には植えられていなかったが、今はそれ以外にキュウリ、なす、ピーマン、シシトウ、ニンジン、ゴーヤ、ほうれん草、小松菜、大根、レタス、白菜、キャベツ、山芋、落花生、トウモロコシ、枝豆、ネギ、オクラ、スイカ、瓜、インゲンに加えプラム、ブルーベリー、キウイとバラエティに富んでいる。「楽しみになあ・・・」という声かけを合い言葉にしているのだが、何かしら野菜作りを認めていただいたような気がして嬉しくなったという次第である。 
この枇杷は4月のものであるが最近収穫した。袋をかけたことで店頭に並んでいるものと遜色のないものが今年は沢山収穫できた。冷たく冷やして完熟したものをほおばった。淡い甘さが何とも言えない。自給自足に大満足である。

 

2010年5月11日火曜日

コンサートの翌日

 コンサートが終わりやっと緊張感から解放されました。自分は楽器を演奏していないが会がうまく運んでいるかと言うことにはいつもハラハラドキドキしている。
 翌日、コンサートについて、「HyperClub」「ichiroの音楽談義」「中嶋聡のブログで自分を見つめよう!」「私の音楽日記」等のブログにアップされていた。

 5月も上旬から中旬にさしかかろうとしているが、日増しに菜園の主役達は大きくなってきている。花が散ったばかりだと思っていたプラムが直径2センチくらいの実をたわわにつけていた。6月の下旬には収穫になるので楽しみである。


 かなり昔の話になるが、私の菜園の近所にKさん一家が住んでいた。
このお宅だけでなく他に何軒かの家があった。しかし町の中心から少々離れていることや子どもたちが成人していくにつれ転居していった。Kさん宅の子どもとよく遊んだものだった。その時畑の周囲に咲いていたナデシコがいつまで経っても私の記憶に深く焼き付いている。幼かった私には花を愛でるような気持ちはなかったが石ころの間からピンクの華やかな色彩と無機質の石の織りなすコントラストが瞼に焼き付いている。

 この空気感に多分どなたも「美」と言うものは見いだせないかも知れない。しかし私にとっては荒れ地を想起する石ころとナデシコの花は特別のものであった。ずうっと幼い頃の風景を再現してみようと思い続けていたのだが、この日曜日に決行してみた。

 ナデシコは母の日が終わったので半額の値段で売られていたし、他にホームセンターで買い求めたものも安価なものであった。堆肥を鋤込み用土に十分な栄養を与え植え込んだ。普通はここまでなのだが、荒れ地の雰囲気を醸し出したいので畑の邪魔者で菜園の外に放り投げられていた「石ころ」を拾い集めてきた。それを右の写真のように敷き詰めた。わずか5㍍ほどの空間であるが満足度の高いカーデニングを楽しむことが出来た。これらの草花は宿根草なので来年はかなりの大株に育っているものだと思う。しかしあまりにも見事な大株は私の記憶の中にあるナデシコとは少し異なる。痩せ地の石の間から健気に顔を覗かせるナデシコに来年は育て上げたいと思う。
 私の知る限りではあるが、取れたてのトウモロコシを差し上げて嫌がる人はいない。今年も今のところ気温の上昇と慈雨のおかげて順調に育っている。しかし最近「シンクイムシ」という害虫に食い荒らされてしまうことが多くなった。いろいろと調べてみると雄花が出穂する頃には既に害虫は侵入を始めているようである。これに食い荒らされたトウモロコシは茎が途中で折れてしまい、やがては実の部分にも侵入し茹で上げたとき甚だしく食味が落ちてしまう。それどころか食べようとする人の食欲を減退させてしまう。
 今は防除の方法を模索中であるが、手っ取り早く対処するには農薬に頼らざるを得ないかも知れない。考えてみれば、スーパーなどで売られているトウモロコシにはこのような害虫の食害にあっているものは皆無である。もしかしたら収穫寸前まで農薬付けにされているかも知れない。恐い話である。












2010年5月9日日曜日

母の日に草餅を


 既に私の母はこの世にはいないが子どもの頃この季節になると草もちを作ってもらった記憶がある。当時は米の粉(上新粉)か小麦粉で作ってもらったと思うが、今のように白玉粉や砂糖をふんだんに使うような代物ではなかった。もっと歯ごたえもありヨモギの苦みもあったように覚えている。
 先日野道を歩いていたらヨモギの若葉が目にとまった。早速新芽の柔らかいところを摘み取り湯がいてフードプロセッサーでペースト状のものを作り、とりあえず冷凍しておいた。新芽の部分を選んでつみ取ったので特にアク抜きはせず、ゆでこぼすのみとした。
 母親を偲びつつ、今日はヨモギ餅を作り仏前に供えた。中に包み込む餡は小豆から作り上げた全くの手作りである。餡さえ出来れば白玉粉と分量の砂糖・水を混ぜ後はレンジで加熱するだけのいたって簡単な方法である。同じ大きさに揃えることさえ留意すればそれほど難しいものでもない。
 以前は畑の周囲にもヨモギはたくさんあったが、私が菜園に精を出すようになってから苦土石灰をよく散布するので土壌がアルカリ化しているようである。ヨモギはアルカリ土壌はどうも苦手なようでいつの間にかヨモギは姿を消してしまった。もともと、畑の中にこれが入ってくれば雑草として処分しなければならず、根っこもしっかりしているので除草に労力がいる。
 ヨモギでは地産地消や自給率アップにはならないがこの香りと苦みは遠い昔の母の思い出である。