2013年8月11日日曜日

西瓜がゴロゴロ

 今日も酷暑の一日でした。志摩でも恐らく30℃後半の気温だったと思います。昨日300㍑の水を撒いたが焼け石に水といった感じなので、どうしても灌水したいナス・ピーマン・生姜・キュウリに撒きに行った。
 西瓜の蔓も葉も黄色くなって実の付け根にあるヒゲを観察してみると殆ど黒くなっていた。お盆だし収穫したものを差し上げるのも丁度タイミング的には良いと思い採ることにした。いちいち個数まで勘定していなかったのでネットに囲まれた畝に入ると、予想以上の実がゴロゴロとしていた。

たくさん採れた
三種類栽培しているが、小玉の西瓜は期待していたほど美味くなかったが、それ以外は糖度も高く人様に差し上げても喜ばれるのではないかと思った。先日も沢山採ったが今日も車の後部トランクいっぱいになった。こんなに沢山採る予定ではなかったが、実ってしまったものはしょうがない。40℃近い気温のもと、たった一人でこれだけの西瓜を収穫し車に積み込むのもじゅうろうどうだった。少し動いては水分補給をしクールダウンしながらの仕事だったが、首と頭に巻いたタオルは手で絞れるほど汗だくになった。

2013年8月10日土曜日

ゴマの収穫

今日は津市でも38℃という報道があった。どうりで暑かった。そんなことを言っていても野菜たちは水を心待ちしているはず。ここしばらく雨らしい雨も降っていないし加えて連日の猛暑。怠け心に鞭打っても行くしかない。いつものように車に300㍑の水を積み込んだ。
 この前から気になっていたゴマであるが思い切って刈り取った。一部、実がはじけ始めたからだ。個人的にはゴマの栽培は初めてなのでうまくいくかどうか不安であるが、ブルーシートの上に束にしたものを立てかけて乾かすことにした。しばらく好天が続きそうなので何とかなりそうだ。

ゴマを刈り取った。
刈り取ったが、どのようにして莢から実を取りだし不純物を選別するかはこれから勉強することにした。
 さて、畑小屋の進捗状況だが仮設の電源が整い昨日は木材が届いた。

仮設の電源
T君、土日に材木を刻んでくれ月曜日には重機で整地をしてくれるとのこと。これから毎日が楽しみだ。


2013年8月9日金曜日

西瓜の収穫

 朝からの猛暑日だった。意を決して西瓜の収穫に出かけた。苗を植えて適当に乾燥したら水を撒いていた程度の栽培であったがゴロゴロと実が転がっている。詳しい銘柄は忘れてしまったが3種類の品種を育てた。


大小様々、夏野菜と西瓜の収穫 
反省として一本の苗に対して着果するままに育てるのではなく摘果という作業をしなければならない。受粉するに任せたため小玉西瓜などは実が付きすぎ一つ一つに栄養が行き渡らなかったような気がする。それでも暑い夏場、冷蔵庫で冷やしておけば十分水分の補給源にはなる。
 西瓜の収穫も目的の一つだったが、例の畑小屋の仮設電源工事があると言うことで確認にも行って来た。堆肥の横にポールが鎮座していて100Vの電源が引かれていた。これは一月間使い放題だという話なので、農具の研磨にも使わせてもらおうと思っている。午後からT君がやってきて工事の前金を渡したが、来週の中頃には家らしきものが建つという嬉しい話を持ってきてくれた。T君、朝から松阪市の材木問屋に出かけてくれて自分の目にかなった資材を調達してくれた。週末にかけて墨を引き刻んでくれる予定だそうだ。
 こうなると、私も俄然元気が出てくるというもの・・・。明日は撒水と、ゴマの収穫準備に取りかかろう。

2013年8月7日水曜日

水向け

 七日盆と言ってこの日には新亡のお家に「水向け」と言ってお供えを持っていくのが古くからの我が町の習わしである。品物を店に依託して送らせてもらうのも合理的だが、一軒一軒お邪魔して故人を偲ぶ方が良いので、今日は午前中に10軒ほど伺うことにした。たいていは玄関先で挨拶させていただいたのだが親しかった故人のお家では上げていただき焼香させていただいた。ご家族の方と仏さんについて語る機会を得て、再度故人を思い偲ぶことができた。
 午後からは妹に南瓜を送ることができた。今年は新しく取り入れたロロン南瓜が絶好調で自分だけではどう考えても食べきれない状況なので、このときばかりと段ボールに詰め込みヤマト運輸の取り次ぎ営業所に向かった。それにしても南瓜は重い。
 夕方、年若き友人のT君がやってきた。彼は大工さんをしているのだが、かれこれ一年以上前に畑の小屋づくりの依頼をしたあった。特にいつまでという期限は言っていなく、仕事の隙間ができたときに建ててもらうと言うことで良いと告げてあった。ちょうど仕事のキャンセルがあったので私の小屋づくりに時間を作っていただいた次第。早速明後日から材木を切り刻むという話だ。小屋と言っても電気は引いてもらうし部屋も二つ、そして芋などを保存する半地下のスペースも確保してもらい、軒も玉葱などを吊しておけるほどゆったりと設計してもらった。部屋の一室は場合によっては私が寝泊まりができるように考えてもらった。
 立秋とはいえまだまだ猛暑が続くが、彼の来訪で元気が倍増!!

2013年8月4日日曜日

生育は順調

 昨日は家で野菜の種をポットに蒔いていた。遅くなったものもあるが、白菜、ブロッコリー、カリフラワー、茎ブロッコリー、芽キャベツ、キャベツの面々である。数量を作るよりも今回は良いものを作ることにしようと思った。
 今日は野菜の収穫から遠ざかっていたので(と言っても2,3日)ナス・ピーマン・シシトウ・満願寺唐辛子・ゴボウ・坊ちゃん南瓜を採ったが、大量なので明日はお嫁に出すことにした。

収穫した野菜
時間もあったのでそろそろ早く種を蒔いたゴマを観察しに行った。中の実は今にもはじけそうな感じになっていて葉っぱも黄色くなりかけているので刈り取りは間近という感がある。下の方の実がはじけたら収穫になるがお天気がうまくマッチしてくれることを祈る。

収穫は間近(ゴマ)
先日土寄せをした黒豆と落花生がこの猛暑の中順調に育っている。ここ数日、少しではあるが夕立があったので追肥を兼ねた作業が効果があったのだと思っている。

左側は黒豆・右側は落花生
両者とも秋の収穫には先ずは塩ゆでで頂くのが楽しみである。黒豆の茹でたものは枝豆よりも甘く遙かに美味い。自家栽培の落花生の美味さは市販品の比ではない。どうして店で買ったピーナッツは美味しくないのだろうと思ってしまう。まとまった雨が降ったらもう一回土寄せをする予定である。



2013年8月2日金曜日

南瓜の収穫

 昨日はエアコンの設置で業者の方のお相手をしていたので畑には出かけなかった。幸い降雨があったので撒水の必要もなかった。南瓜や西瓜が収穫時期に差し掛かっているので暑さをこらえて畑に向かった。

南瓜と西瓜
西瓜は蔓に付いているヒゲ根が黒くなったら収穫時期なのだが、先日それを信じて採った小玉西瓜は満点の出来ではなかった。今回は熟しているのを期待して収穫した。
 南瓜はロロンという品種を中心に栽培したが、クリ南瓜よりも生命力に富み実もよく付いた。十数個採ったが家まで運ぶのも一苦労だった。今まで何個か試食してきたが、形こそラグビーボールのようで異質な感じがするが味はすこぶる良い。クリ南瓜ほどホクホク感はないがアミノ酸のうま味をとても感じる品種である。煮たり揚げたり蒸したりスープやグラタンにしても良いが、お菓子にも使えると思った。思ったよりも沢山着果したので全ての個体に座布団(野菜シート)を敷いてあげなかったので直接地面に着いたところは果皮が痛んでしまったものもある。これは早めに食べないと長期の保存には耐えられない。
 南瓜も最近はとても美味しい品種が出てきて、毎日少しずつなら飽きずに食べられそうだ。

人の死で思うこと

 昨日お通夜に行ったが、今日は葬儀であった。人の死を期に自分に重ね合わせいろいろと思うのは人の常。家族にお年寄りを抱えたものは将来自分の親が要介護の状況になったときのことを心配するのも理解はできる。かつては多くのお年寄りが自分の家で臨終を迎えたわけだが、今は殆ど病院か介護施設で人生を終える。それが良いのか悪いのかという問題ではない。私が耳にした言葉で納得がいかないのは「そろそろ家も婆さんを介護施設に連れて行こうと思っているの。」とか「弟が頼りにならないので姉二人で両親を施設に連れて行こう。」という相談をしていることだ。
 世話になった親に対してあまりにも情のない暴言としか私には考えられない。このような風潮が一般化していったのではたまったものではない。まるで厄介者を片づけるようで姥捨て山に連れて行くように思えてならない。口減らしに長男が母親を負ぶって山に捨てに行かざるを得なかった頃の話でも、この親子には深い肉親の情が感じ取られて思わず目頭が熱くなってきたものだ。
 今の時代、親子の絆のことや経済力のこと家族の形態の変化等いろいろな要因があると思う。豊かそうに見えても夫婦共稼ぎでないとなかなか暮らしが成り立っていかなかったり、目の前の贅沢を追求するという自らの欲望に駆られたり・・・。他人の幸せより自分の幸せに執着する人が多くなったのかもしれない。後者の事例は、同じ屋敷に住んでいても親の生活には関心を持たないと言う。
 冠婚葬祭を見ても、人が生まれ結婚し、子供が出来、やがて親との別れがくる。この人間として当たり前のことの一つ一つが家族や地域が暖かく見守ってきて、節目節目に生老病死を共有し、人の命の大切さや儚さを家族中で体感したものだ。命の尊さ、個人の尊厳というものはこういう機会にお年寄りから死をもって深く教えられたものだ。「婆さんを施設に・・・。」と言うような軽々しい暴言は私にとっては恥知らずとしか思えない。
 歳をとれば誰しも好々爺になるとは限らない。むしろ逆で頑固で執着心が強く体に様々な障害が出て下の世話も自分ではコントロールできなくなり、物忘れが激しくなり時には徘徊したり自分の息子の顔さえもわからなくなってしまう。でもそれは老人のせいではない。歳をとれば誰だって多かれ少なかれその道をたどることになる。でもそのお年寄りにどれだけ我々子供は溢れるような愛情を受け、育まれれてきたこどろうか。その深い愛情に応えることができない哀れな人がいるのかと言うことを時々感じてしまうのは私だけだろうか。
 私も親を送ったときは約半年間病院から職場に通っていたが、しんどいと思ったことは一度もなかった。退院の見込みは皆無だったが、親父に早く家に帰ろうと言い続けていた。
 これに類する話はどこにでも転がっていて私の知っている人だけではない。しかし、これで良いわけがない。この人たちの生き様は、その人の子や孫が一部始終見ているのだからそれだけの覚悟もあるのだろう。
 さて、私この三日間エアコンなしで生活していたのだが、やっと今日買い換えのものが到着した。このエアコン、騙し騙し使い続けて20年になるがよく持ったものだと感心している。布団に入っても室温が30℃くらいあって汗びっしょりになりタオルを横に置いて寝苦しい夜を耐えていた。家屋の気密性が高くなり外からの風が入らなくなったことも寝苦しさの原因だと思うが、自分がいかに我慢ができなくなってしまったのか思い知らされた。あまり快適な生活に慣れるのもいかがなものかと考えさせられる3日間であった。