昨夜も腕の痒みで何度か目が覚めた。寝ている間は無意識に掻いてしまうことがある。もちろん掻くと傷跡が残り治癒も遅くなってしまう。ここ数日天気図には秋雨前線が日本海側に出てきている。温かく湿った大気が太平洋から吹き込んでいる。同じ県内に住んでいても背後に高い山を控えた地域では上昇気流が発生し局地的に雷を伴った豪雨が降っているようだ。志摩ではそのような大気の現象をもたらすような山は無いので雲は発生するものの降雨は望めない。この前定植したキャベツが気になっていたので意を決し300リットルの水をタンクに入れ撒水作業を決め込んだ。せっかく水
を持っていったので玉葱の種を蒔き、ついでに小カブの種も蒔いてきた。この前耕耘し元肥を入れておいたイチゴの畝を立てていたところ篤農家のN氏が軽トラックで通りかかった。会釈を交わしていたら稲藁はどうかと言ってくれた。私としては喉から手が出るほど欲しかったのでその旨伝えたら積んであった全部の稲藁を降ろしてくれた。来年も田圃まで取りに来たらあげるよと言ってくれた。今年もスイカ等の夏野菜には稲藁を敷き詰め好結果が得られたので、もしも藁が手に入らなかったらライ麦でも育てて藁を作ろうと思っていた矢先の出来事であった。
2012年9月9日日曜日
虻に刺されて
牛糞堆肥を頂いた日迂闊にも虻に刺されてしまった。時間的な余裕がなかったので周りの状況も把握せずひたすら北側の畑を耕していた。普段なら鳥や虫の様子にも気を配りながら農作業を楽しんでいるのだがこの時ばかりは全く作業に没頭する状態だった。例え夕方でも畑仕事は肌を露出しないのが鉄則であるがこの時はシャツの袖口が5㎝ほど上の方に上がっていたのだ。日暮れ近くになるとこの時期は虻やブヨそして蚊が身の回りにまとわりついてきてそれを振り払いながら農作業をしているのだが耕耘機のエンジン音と注力の低下で虻が手首に噛みついていることがわからなかった。気が付いたときにはかなり時間も経過しており噛み口からは毒が注入されてしまったみたいだった。毎年何回かは虻に噛みつかれているがすぐに払い落としていたので大事には至っていなかった。今回は家に帰り風呂に入りそろそろ床につこうかと思っていた頃手首がだんだんと熱と痒みを覚え始め徐々に腫れ上がってきた。昨日は最悪で刺されていない右手と比較するとふた周りほど腫れ上がってしまっていた。おまけに痒くて仕方がなかった。蜂とちがい命に関わることはないだろうと思い冷蔵庫で保管していた抗ヒスタミンの軟膏を塗って様子を見ることにした。二日目になると傷口が爛れ腕まで腫れ上がってきたが、どうせ医者に行っても軟膏をもらう程度だと思ったので我慢し続けている。手の甲まで腫れて今やグローブのようになっている。今、痒みが少々治まって来たので風呂上がりに再度軟膏を塗り床につこうとしている。画像をアップしようと思ったがあまりにも醜いので自重しておく。たかが虻だが侮ってはいけないと思った。
2012年9月6日木曜日
牛糞をいただく
ゴボウとニンジンとダイコンの種蒔きをしていたらどこかのおばさんからいろいろと野菜の栽培について聞かれた。私も一応はこだわりのような物を持っているつもりではあるが何しろアマチュアであることには変わりがない。人様に野菜栽培について教えるというような立場ではない。このおばさん、どうも秋ナスの様子を見ていてどうしたらこんなに育つのか聞きたかったようだ。ナスは今年自分で種から育てたもので毎年7月に一旦収穫を終え秋ナス用に剪定をするのだが夏場の日照りで枯れてしまっていた。今年はどういうわけかは良くわからないが剪定もせずの状態で今まで実をつけ続けている。長ナスを育てたのが良かったのかそれとも夏場乾燥しないように撒水したり葉水をかけ続けたのが幸いしたのかも知れない。おばさん
には牛糞を主体とした肥料の管理について話をしておいた。しばらくすると近くの牧場の人がショベルカーでやってきて牛糞を持ってくると言うことだった。数日前立ち話ではあったが秋になったら来年用に牛糞を分けて欲しい旨伝えておいた矢先の話であった。何と2t車のダンプに4車ほど搬入してくれた。あまりにも大量に頂いたのでお礼をしたいと申し出たのであるがお金は取っていただけなかった。それどころか「捨てさせてください。」と言われた。いつもお世話になっている長田屋牧場さん恐れ入りました。この牛糞、発酵もかなり進んでいて臭いも殆どしていない。発酵に伴う熱で湯気が立ち上っていた。早速ビニルシートで覆い更に熟成を進めることにした。圃場に鋤き込むのは来春になるがこれだけの量を鋤き込むと畑の土がフカフカになり野菜も生育が良くなり味も増すように思う。
2012年9月5日水曜日
Arcangello CorelliのCD
2012年9月4日火曜日
キャベツの定植
2012年9月3日月曜日
スーパーで見かけたお年寄り
志摩市もご多分に漏れず少子化の波と人口の老人の占める割合が極めて高くなってきている。高度経済成長期は有能な労働力の供給源として多くの若者達は都市部へと流れていった。真珠養殖業の不調が追い打ちを掛け元々あった零細な沿岸漁業も不安定な漁価と資源の減少で産業の基盤も危ぶまれている。土地の生産性を考えると過疎を危ぶむ志摩市の世論とは逆に過密状態なのかも知れない。さて、今日は市内のとあるスーパーに立ち寄ったところ私の前に危なげにカートを押しているお年寄りが見えた。カートには自分で持ちきれないほどの食料品や日用雑貨を満載していた。そのためレジを通過するのにも時間がかかり後ろで並んでいる私はじれったさを感じるほどであった。私と言えば本の数点の買い物だったし、何も後ろめたさは無いのだがなるべく早く主婦の皆さんで賑わう場所から立ち去りたい気持ちがあった。レジを出てからもこのお年寄りの方は通路の真ん中にカートを置き、買ったものを袋に入れ直している。人間それぞれ自分の時間がありその流れる速さの中で生きていけば良いのだが時として個人の時間の流れが他人に影響を及ぼしてしまうことがある。この関与を迷惑と捉えるかどうかは個人の問題だと思うがどうもスーパーの管理システムから見ると客の流れはスムーズであることを前提としているようだ。客単価、滞在時間、動線等全てが計算されている仕組みだと思う。お年寄りはなかなかこのシステムの流れに沿って買い物が楽しめないケースがある。私も少し足止めを余儀なくされてしまったついでにこのお年寄りを見ていると、このスーパーの店員さんは良くできた方でお年寄りの荷物を外まで持っていってくれていた。さらにその先にはタクシーが止まっていて、このお年寄りは吸い寄せられるように乗り込んで行ってしまった。昔ながらの対面販売をしてくれる近所の店がスーパーとの戦いに敗れ車という移動手段を持っていないお年寄りも遠く離れた大型店まで買い出しに行かねばならなくなった社会というのは住み良いとは言い切れない。蛇足ながらこのお年寄り、普通に見かける志摩のお婆ちゃんなのであった。
2012年9月2日日曜日
夜中に雷鳴
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