2012年12月31日月曜日

今年最後の作業

 2012年も今日で最後の一日となった。暮れに収穫した野菜は差し上げてしまったので大根、白菜、キャベツ、柚、里芋、ニンジン等を採ってきた。畑は昨日の雨でぬかるみ柔らかいところに足を突っ込むと20㎝くらいは埋まってしまう。終日降っていたので恐らく150㎜以上は降ったと思われる。空気中のチリも洗い落とされ、湿った土が色濃く感じられ、このコントラストが美しく感じられる。
 収穫した里芋は早速煮しめに、大根・ニンジンはナマスに調理した。私の感覚では、我が菜園は電気エネルギーの要らない冷蔵庫のようなもの。必要なときに収穫し一時間以内に調理し食卓に乗せることが出来る。美味いこと以上にビタミンなども豊かだと確信している。
土寄せを待っているエンドウ
 この雨で野菜達には肥料と水分が十分に供給されたと思う。この寒さの下でも逞しく育つ姿は頼もしい。豆類は部分的にヨトウムシ等の被害に遭っているが、今のところ順調に育っている。この雨で土が流れてしまったところもあるので正月明けには土寄せをしなければならなくなった。

2012年12月28日金曜日

ホウレン草のスープ

 濃い緑のホウレン草が寒さの影響で地面に伏すようにして身を縮めている。ハウス栽培の物とは違って見てくれは良くないが甘みを強く感じる。取れたての物を湯がいてフードプロセッサーにかけてピューレにする。鍋にバターと小麦粉を入れホワイトソースを作りブイヨンとミルクで濃度を確かめる。塩とコショーで味を調えホウレン草のピューレを加え仕上げに生クリームと粉チーズを添える。寒い季節、これだけでも温まるご馳走である。
 野菜を作り始めた頃は、土も肥えていなく良質のホウレン草はなかなか栽培することが出来なかったが、今は種蒔きの時期と発芽さえ丁寧に管理すれば相応の結果が出せるようになった。春にも栽培しているが、柔らかく甘い物はこの時期に採れるものには及ばない。一時、この野菜にはシュウ酸が含まれており、沢山摂取すると結石が出来ると言われていたので消極的になっていたが、茹でこぼしたりカルシウムを含む他の食材と組み合わせたら問題がないので、それほど気にせず食べている。
ホウレン草のスープを作った。母の味である。
 このホウレン草のスープは子どもの頃、母がよく作って食べさせてくれた。鉄分が入っているから体にいいと言いながら作ってくれた物だ。今、私が作るものより遙かにシンプルな物だったが、濃い緑は食欲をそそるし、寒い季節に湯気の立つスープは心までも温めてくれた。

2012年12月27日木曜日

野菜を持って

 昨日収穫した野菜(カリフラワー、ブロッコリー、キャベツ、ハクサイ、ニンジン、シュンギク、ホウレンソウ、カブ、レタス、ワサビ菜、野沢菜)を届けにT町まで出かけた。昨夕、ギターの会でもお世話になっているRちゃんから立派な牡蠣をたくさん頂いたので、これもお裾分けすることにした。最近プリプリの食感と言う言葉が飛び交っているが(本来プリプリという形容が似つかわしくない物にまで)この牡蠣は殻付きの物だったので歯ごたえと言い食感と言い、まさにこの形容がぴったしの最高のものだった。帰路、伊勢に立ち寄り10日ぶりにドフに立ち寄った。最近、日に一冊以上のペースで読書を楽しんでいるので、本のストック補充もしたかったからである。14冊購入したが、普通に書店で買えば一万円は超える物だ。安いものは105円で買えてしまうから有り難い。これで正月明けまでたっぷりと楽しむことが出来る。

ドフで買ってきた


2012年12月26日水曜日

早速一輪車を試用

 潤滑剤を固まったナットに吹きかけ一輪車のタイヤを交換した。ノーパンクタイヤの方が転がるときの抵抗が大きいような気がするが、空気を入れたり虫ゴムの交換の手間を差し引いたら納得できる。早速気になっていた馬鈴薯の畝に堆肥を鋤き込むことにした。正確にはカウントしていないが、一輪車で30杯は運んだと思う。晩夏に頂いた牛糞も体積が縮まり完熟状態になっている。今日はこの地にしては珍しく時雨が降っている。堆肥の山を崩していくと底の方から湯気が立ってきた。微生物のパワーは侮れない。
 30杯も牛糞をスコップですくい一輪車で圃場まで運んでいると汗が噴き出してくる。耕耘機での作業にとりかかると一気に体に寒さが襲いかかってくる。作業を中断して持参したカップ麺で温まる作戦に切り替えた。小屋に備え付けのカセットコンロで湯を沸かし熱々の麺を胃袋に収めたが、体が要求していたのだと思うが実に美味い。
堆肥を鋤き込んだところ
 しばしの休憩をはさみ鋤き込み作業を再開した。玩具のような耕耘機だが20㍍強の畝をまっすぐに耕すのは慣れが要る。気を緩めるといつしか途中で曲がってしまうことがある。週末には雨が降りそうなので元肥の投入はそれ以後になる。小屋にはキタアカリ4㎏、メークイーン6㎏そして男爵の種芋が準備されているが、植え付けは正月明けになりそうだ。圃場にゆとりがあれば他の品種も植えてみようと思っている。
 以前は畝を高くして黒マルチで覆い栽培していたが、最近は徐々に土寄せと追肥を施し、収穫時に高い畝に仕上げるような方法をとっている。マルチで地温を上げなくてもこれで十分大きな物が取れている。

2012年12月25日火曜日

一輪車のタイヤ

ノーパンクタイヤ、空気を入れなくてもよくなった。
 20年ほど前に一輪車を購入した。堆肥を運んだり芋などの重量のある物を運んだり農機具をまとめて移動したり農作業には欠かせないアイテムだ。荷台は腐食が進み部分的に鉄板に穴が開き始めている。今までにタイヤも二度ほど買い換えている。普段のメンテは虫ゴムの取り替えやグリスアップで事足りてきた。先日も虫ゴムを換えようと取り付け部分のネジを回したところ力余って肝心の取り付け部分をねじ切ってしまった。これはもう修繕不可能なのでHCで新しい物を買うことにした。一輪車には牛糞や諸々の物を乗せたりしているので小屋には収納せず殆ど野ざらしにしているので、気温の上下や紫外線そして雨水による劣化が激しい。ポンプで空気を注入するよりもその必要のないノーパンクタイヤに買い換えることにした。錆だらけだが、これだけ使ってくると愛着も湧いてくる。荷台の穴も気になるが、これもパーツだけ入手することが可能だ。新品を買ってもそれほど値がはるものでもないが、寿命が来るまで修理を繰り返し使い続けたいと思っている。
 先日、妹に芋を送ったのだが、昨日お礼だと言って瓶詰めの珍味が送られてきた。菜園の収穫物(タダ)を上げただけなのだが、かえってお金を使わせてしまった。(ペコリ!)

2012年12月24日月曜日

八朔が生りすぎ

 今は物置状態になっている裏の離れに八朔の木がある。不要になった捨てるに捨てられず毎年溜まっていくガラクタが収まっている家屋の前に肩身を狭くしてなり続けている八朔だが、久しぶりに眺めていたら結構たくさん実をつけていた。青いうちは葉っぱに隠れていて見えなかったが今年は豊作だ。
 摘果をすると良いのだが忙しさを口実に放りっぱなしだ。そのため豊作と不作を毎年繰り返している。ただ、隣の家の洗濯小屋に枝が伸びてしまうので、その部分だけは毎年剪定しているがそれ以外は伸び放題で離れの屋根を越えてしまっている。もう少し低く揃えなければ収穫が大変なばかりか実が屋根や側壁を直撃してしまう。
例年より豊作の八朔
 この木は私が小学校五年生の時、母親が二本植えてくれた一本である。残りの一本は移植したのがまずかったのか枯れてしまった。以来、毎年収量の変動は激しいが恵を頂いている。私の家では一月の半ばに収穫し一ヶ月ほど熟成させてから食べるようにしているが、それまでに食べてしまっている。そのため酸味はあるが新鮮な食感と風味は楽しめる。自画自賛するわけではないが、何故か市販の物に比べると濃密な甘みがあるように思えてならない。たくさん実を付けているが一つ一つの果実の大きさは小ぶりだ。収穫まで20日ほどあるが実の多さに驚いた次第。

2012年12月20日木曜日

柚風呂

 一日早いが今日は柚を採ってきて風呂に入れた。この柚、気を付けて採らないと針で手が傷だられになる。突いた傷口はいつまでもズキズキとする。今年は剪定ばさみで慎重に採っている。いつもの入浴剤とは全然違い良い香りがする。スーパーの店頭にも売られているが、一個が100円前後もする。とてもじゃないが10個も風呂には入れられない。一本の木でとても贅沢が出来る物だ。
柚の実で湯船が一杯になる。
 大根の即席漬けを漬けるので10㎏持ってきてと言うリクエストがあったので、第二弾の畝からできの良さそうな物を収穫し、ホウレン草、キャベツ、白菜もついでに持っていった。馬鈴薯の畝も作ろうかと思ったが水槽を覗いてみたら薄く氷が張っていて、瞬間モチベーションが萎縮してしまった。小春日和の日に作業をすることにした。

2012年12月19日水曜日

JulianBreamのCD全集(28巻)

 ギタリストH氏がJulianBreamのCD全集(28巻)を所有していたことは随分前から知っていた。以前借りてきて聴かせてもらったことがあったが今回も借用した。この全集は入手したく長い間探していたが手に入れることが出来ずにいたものだ。Breamの演奏について私はずうっと彼を上回るギタリストはいないと信奉し続けてきた。今でもその思いは変わらず、ギターだけでなくリュートやビゥエラ、古楽器のコンソートに及ぶBreamの造詣の深さには驚嘆さえ覚える。近年数々の若手の名手が出てきてその演奏が素晴らしく感じBreamの演奏スタイルを全て受け入れられなくなっているが、どのギタリストが一番好きかと問われれば躊躇無く彼の名前をあげる。この全集の中に収められている曲の大半は他のCDやアナログレコードで所有しているが、それはそれとして探し続けていたものに出会う喜びは何とも形容しがたいものがある。
 Breamは交通事故でもう演奏していないと言うことが伝えられてから十有余年が経つが、私にとってはギターを越えたギタリストの感が強い演奏家である。バッハのリュート組曲、チェンバロとのデュオ、ジョン=ウィリアムスとのデュオ等は何度も聴き返してきた。若い頃、耳にしたBreamの演奏は衝撃的であった。

2012年12月17日月曜日

身内に野菜を届けた帰りに

 お歳暮のお裾分けや野菜を身内に届けに行った。菜園でホウレン草、大根、ネギ、キャベツ、白菜等を採っていたらTさんが立ち寄ってくれた。Tさん、話を伺うとⅠ型の糖尿病で何か声も弱々しく元気がないように見えた。いつも冗談を言って私たちを元気づけてくれている方だが病を克服してパワーを取り戻していただきたい物だ。
今日ドフで買ってきた本
 道中、地元産の蜂蜜やシラス干し等を買い足し一時間ほど車を走らせ野菜と一緒に届けた。帰路、伊勢方面に足を伸ばし某オフに立ち寄った。目的は105円の本を買いあさることだった。晴耕雨読とまでは行かないが、最近テレビを見るのが馬鹿馬鹿しく時間の浪費だとつくづく感じるからである。夕飯を済ませニュースを見るまでは良いがその後のゴールデンタイムが最悪だと思うようになった。面白みもなく、芸のない芸能人が大声を出して下品なバカ騒ぎをしているのにはうんざりしてしまう。ユーモアもウィットもなくうるさいだけで、このような番組を放映していて、よくも恥ずかしくはないものかと思ってしまう。だったら見なければ良いのだが(もちろん見ていない!!)国民の財産でもある電波をこのようなものに使っているのはどうかと思ってしまう。気がかりは、未だしっかりとした判断力・批判力のない子どもたちや若者達が低俗な番組を見てしまい、劣悪な一方的に浴びせられた情報のシャワーを浴び、その内容の下劣さがインプリントされてしまうことにある。一歩家の外に出れば一日に何度と無く日本人の民度の低下を目の当たりにするこの頃である。
 前置きが長くなったが、定時のニュースを見た後自分の好奇心を満たすために読む本を買ってきた。殆どの情報がネットで調べられる時代になったが、内容の深さや満足度を考えるとまだまだ書籍には及ばない。世の中デフレだと騒いでいるが、リユースやリサイクルは悪いことではなくお金を有効に使う意味でもドフのような店で安価に本が手に入れられることは有り難い。ペパーバックが105円そしてきちんと装丁された本が結構安く手にはいる。ベストセラーではないが非常に価値のある掘り出し物に出会うこともある。今日も10冊余り購入することが出来、大満足で帰ってきた。

2012年12月16日日曜日

馬鈴薯の種を買って

キタアカリと木酢液
 馬鈴薯の種芋を購入した。行きつけのN業屋とHCを覗いてみたが今年はこの時期になってもあまり品数が揃っていない。男爵、メイクイーン、キタアカリ程度がわずかに並んでいる程度であった。店の人に尋ねると年明けにはいろいろな品種が揃うと言うことであったが、私としてはクリスマスの頃に毎年植え付けているので、是が非でも手に入れたかった。未だ圃場は整っていないが、キタアカリの種芋を6㎏手に入れた。倉庫には春ジャガが種芋にするには十分なほど残っているが、こればかりはなるべく雑菌の付着していない物を買っている。どうしても圃場が残ってしまったときは自家製のものも植え付けているが、結果は毎年芳しくない。
 明日はニッキンチョ(第3弾)を作る予定なので、圃場は火曜日以降の作業になる。同時に2㌧車で4杯頂き、積み上げてある牛糞堆肥を混ぜ返さねばならないし、馬鈴薯の定植までは重労働が続きそうだ。

2012年12月15日土曜日

木酢液

 先日同級会の席でTさんと隣り合わせた。彼女の菜園は私の畑の道中にある。畑では会ったことはないが時々我が菜園の前も通っていくみたいで、私の菜園も見ているようだ。彼女から仕入れた情報の一つに木酢液があった。私も以前使ったことはあったが、本格的な使い方はしていなかった。どちらかというと三日坊主的な使い方で、その効果まで確かめるには至らなかった。
 いろいろと調べてみたら、ムシを寄せ付けず、小動物に対しても忌避効果があるということだ。また、植物や土壌に対しても効果がありそうということだ。早速ホームセンターで1.5リットルのボトルを二本買ってきた。今、栽培している冬野菜やまもなく植え付ける春ジャガイモの圃場に散布してみよう。
 このことに飛びついたのは、昨年トウモロコシにアワノメイガが付いたことや甘藷にハスモンヨトウが大発生したこと、そして白菜やブロッコリーに定番のムシが葉を食い荒らしたことにある。体力の余力があれば、現在熟成中の牛糞堆肥にも散布してみたい。
 地産地消・自給自足を志向しているが、低農薬→減農薬→無農薬有機栽培も目指したい。
  

2012年12月14日金曜日

祝 日展入選


祝 日展入選

 先日の同窓会での事だったが、同席のY氏が彫塑の部門で日展に昨年に続き連続で入選を果たしたという嬉しいニュースが報告された。志摩の海女をテーマに掘り続けられているが、今までに志摩病院のロビーを始め、市内のいたるところで作品を展示されてきた。氏のホームページにも「海女文化村」というテーマで海女さんのことを始め多くの志摩の有形無形の文化について調べたことを発信されている。今回の受賞に繋がる木彫の事に留まらず幅広い氏の識見が伺える。とりわけ志摩で細々と地域の古老達が伝えている祭礼を始め諸行事に際しては、時間をいとわず現地に足を運びリポートされるエネルギーには敬服する。数年先には調べ上げたことを著書として発表するのだという意気込みを過日伺ったが民俗学・地域学者としてのご活躍を祈念したい。



2012年12月13日木曜日

今日の作業

 春キャベツの苗を家で育てていたが露地に移した方が良さそうなので定植してきた。先週元肥を施し、マルチを張った圃場だ。雨の予報が出ていたので多分活着するだろうと思う。
 この前少しだけ収穫した秋馬鈴薯を全て収穫した。秋ジャガはポトフや煮物にすると美味い。キャベツもジャガイモも収穫したすぐ後から次の栽培の準備にはいる。来週は春ジャガの畝を立て、クリスマスの頃には種芋を植え付ける予定だ。
 妹に送る里芋を収穫した。霜で地上部は枯れ始めているが今年は大きな芋が入っている。
白菜を縛ってきた。
 ホウレン草、大根、キャベツ、柚、カブ、白菜を収穫しそろそろ冬の寒波対策として白菜の葉を縛ってきた。毎年あまり気にはしていないので育つがままに野菜の生命力に任せているが、久しぶりに養生をしてみた。明日は野菜達をお裾分けする日になる。

2012年12月12日水曜日

半乾きのニッキンチョ

 ニッキンチョの第一弾が半乾きになってきた。甘みも凝縮され私はこの状態が一番好きだ。完全に仕上げてしまうと何かしら保存食のように感じてしまう。柔らかさと甘みがベストマッチなのだ。
 子どもの頃、干し上がるのが待てずつまみ食いをしていたからかも知れない。親も黙認していて子どもにとっては、この時期格好のおやつになっていた。寒風にさらされた冷たい温度も食味を増しているように思う。この歳になった大人でも一つ二つつまむのは悪いものじゃない。
半乾きのニッキンチョ(食味は最高!)
 このニッキンチョは自分の家で作らなくなって久しいが、苗から作り育て加工まで地産するのだから、なおかつ半乾きのものを地消するのだから・・・ウフフとひとりほくそ笑んでしまう。量的にはそれほど食べないが我が町のソウルフードである。

2012年12月11日火曜日

夕方電話を頂いた。

 夕方B君から電話をいただいた。今から10分後に伺うという内容だった。私の家、二台は車が停められるのだが今日は満車状態だった。ガレージまで階段を降りていって待っていたら程なくB君がやってきた。狭い道なので路駐は出来ず車が来ないか見ながら「南張メロン」をいただいた。野菜のお礼と言うことでわざわざ持ってきていただいた。畑で作付けしすぎた野菜をお裾分けしただけなのに何か申し訳なくなってきた。
B君から頂いた、ブランド高級「南張メロン」
 このB君、私の後輩なのだが油絵にも造型が深く、いつかギターを演奏する私を描いてもらうことをお願いしている。絵心のある人は何か凡人の私とは異なる感性を持ち合わせている。普段見過ごしがちな風景一つを見ても「綺麗だ!」という言葉が自然に出てくる。過日、彼と同行したとき自分の感性との違いをしみじみと感じた次第。

2012年12月10日月曜日

野菜の収穫

 大根、カブ、ホウレン草、ルッコラ、レタス、白菜、カリフラワー、柚、馬鈴薯、里芋、キャベツ、ネギ、野沢菜、春菊を収穫してきた。

大根 第二弾と収穫してきた野菜達
 大根の第一弾は前作の肥料が意外と残っていて栄養過多になり、そのため褐色になっているものが現れた。今日収穫したのは第二弾で大きく肥大するのはこれからだが生食するにはこれくらいがいいと思い何本か収穫した。
 昨日は夜間とても気温が低下したため秋ジャガが地面に伏していた。掘ってみたらリンゴくらいの大物がゴロゴロと出てきた。春に収穫したものが未だ残っているが新ジャガを味わってみようと思う。同じようにホウレン草が寒さの影響で葉が地面に這うようになってきた。先日も収穫したのだが単純に湯がいてお浸しにしただけなのだが、その甘みに驚いた。今日収穫したものは未だ食べていないが格段に甘くなっていると思う。旬の野菜は確かに美味い。

2012年12月9日日曜日

同級会の忘年会

 師走に入りそろそろ忘年会のシーズン到来。今日は同級会の忘年会があった。約50名ほどの参加者で行われたが、女性の方が沢山参加していた。今までに何回も開催されているが今回が初めての同級生も中にはいた。日本経済の浮き沈みに翻弄され様々な人生を歩んできた面々である。私の学年は小学校を卒業したとき確か156名いたと思う。田舎の学校ではあったが教室は後ろの方まで寿司詰め状態だったと記憶している。




 そんな中小学校一年生の時同じクラスにいて、よく遊んだS君N君と話が弾んだ。S君は宝飾関係の仕事に東京で就いていたが近年志摩に帰り親から譲り受けた農地を耕し野菜作りを始めたらしい。彼とはあの頃秋になるとドングリを一杯拾い集めたりカラスウリを沢山採ったりしてよく遊んだものだ。畑もそれほど遠くはないので訪問を約束した。生まれた土地での生活がとても気に入っているようである。

まだまだ前菜、メインはこれから(旅館:みち潮のご馳走)
 世間ではいろいろと煩雑な人間関係にほとほとうんざりするが、同級生というのはお互いに許し合える部分があり、合って話をしていても時の経つのを忘れるくらい楽しいものだ。世間ではいじめの問題が社会の課題にもなっているが、私たちの人間関係からは考えられない事態だ。  また、いつも私の畑の前を通っていくT子さんからは害虫対策として木酢液やEM菌が効果があるという情報を得ることが出来た。先日稲藁をいただいたN氏とは実家が本家と分家の関係にあることも始めて知った。私の菜園は自家消費と親戚や御近所にもっぱら頂いてもらっているので彼女曰く、「儲からない農業」というコメントまでもらってしまった。私、形が良く美味しい作品が出来たときはこれだけで大満足している。これこそ何よりの儲けである。

2012年12月8日土曜日

ニッキンチョ(キンコ)作り

 今年は「隼人芋」を栽培した。甘藷畑はハスモンヨトウやコガネムシの発生で散々だったがコンテナに3杯ほど収穫があった。それにしても甘藷の栽培種はとても増えたように思う。志摩の農家さんが昔から伝えてきた在来種はすっかり姿を見なくなったようだ。近所の農家さんのお薦めは紅小町という関東系の品種だ。また、知人はベニアズマを推奨している。私は鳴戸金時という品種が自分の畑に合っていると信じ、これを中心に栽培している。これらは焼き芋やふかし芋にして食べるが、上記「隼人芋」は粘質で加工用に適している。収穫後一月ほど寝かしデンプンが糖化してから皮を剥き一、二時間ほど茹でたものを適度な厚みにスライスしてから干せばできあがりになる。志摩では「きんこ」という名称で売られ最近の自然食ブームが追い風となり人気の商品にまでなってきている。
 芋は水田として使える農地が少ないこの地では主食を補う重要な作物だった。「きんこ」は保存食としてあるいはおやつとして食べられてきたが甘く美味しいお菓子が簡単に手にはいるようになってきてからは地位が段々と低下していった。しかし昔ながらの自然な甘みや健康食品としての評価が認められ、近年特産品としての人気が高まってきている。
 私もそれほど毎日食べたいとは思わないが子どもの頃よく食べていたおやつに幾ばくかのノスタルジーを感じ、朝から芋を加工している。お店でも形の良いものが袋詰めされ売られているが、以外と高い値が付いている。
ニッキンチョ
 さて、この干した芋の名称だが私の町では「ニッキンチョ」と呼ばれている。昔志摩町の友人が津の下宿に持ってきていたが彼も同じように呼んでいた。一般に志摩では「きんこ」と呼ぶのが通例だ。私、単純に「煮たきんこ」→「煮きんちょ」→「にっきんちょ」と訛ったものと勝手に理解している。干した芋はその分甘さがぎゅっと凝縮して美味く感じる。また、カリウムが豊富なため体内に取り込んだ余分なナトリウムとも拮抗作用があり体にはよさそうだ。

2012年12月7日金曜日

山芋(つくね芋)掘り最終

 山芋(つくね芋)を全て掘りあげた。それほどの寒さは感じないがいつまでも放って置くわけにもいかないので撤収することにした。私が生活している時間帯では気温が零度以下になることは今のところ無いが葉の緑もそろそろあせてきている。蔓がこれだけ繁茂していると冬枯れ間近とは言え刈り取るのが少し億劫になっていた。少しでも軽く刈れるように先ずは鎌を研いだ。以前は砥石を使っていたが最近は細かいダイヤを埋め込んだシャープナーを使っている。安価な鎌を使っているのでこの方が研ぐときあまり気にしなくても良い。
繁茂している蔓

後はマルチの下の芋を掘るだけ
 今回十数株掘りあげたのだが、前回の収穫でほとほとうんざりしていた。このあと網に絡みついた蔓を外しネットを片づける。これだけでもコンテナに二杯は十分あった。
 トロロ汁にしたり、摺り下ろし卵黄を乗せるのも良し、山かけにするのも良し、楽しみ方は沢山ある。今回掘ったものは親戚に配り残りは来年の種用に保存予定である。籾殻を入れ発泡スチロールの箱に詰め室内で来年の春まで休眠することになる。
冬眠中のカエルを起こしてしまう。
 休眠と言えば、もうこの時期になると自分で体温の調節の出来ない生き物は冬眠にはいる。今日も芋を掘っているとカナヘビや蛙を無理矢理掘り起こしてしまった。カナヘビはこの温度で既に殆ど動くことが出来ないようだった。腹を空に向けギブアップ状態。蛙はぎこちないが突然の異変が理解できないのかのっそりと移動していった。本日対面したのはまるまると太った赤カエル。この地方の伝説に寄ればアカガエルの黒焼きが「癇のムシ」に効くそうだが試したことはない。

2012年12月6日木曜日

LPのCD化完成

 ギタリスト広垣氏から依頼されていたLPをCDに移し替える作業が先日完成した。二十数枚あったので応分の時間がかかったが、内容そのものが自分の好きな曲ばかりだったので氏のコレクションをじっくりと鑑賞することが出来た。古いものばかりなので再生が出来るかどうか不安もあったが思っていた以上に保存状態は良かった。私の信奉している秘密兵器で埃や油脂分そしてカビの類をすっかりクレンジングしてPC上でアナログ信号をデジタル化しCDに焼き付けた。そのままでは芸がないのでレコードのジャケットを取り込み曲名とともにCDにプリントした。また、同時に取り込んだ画像は印刷紙てケースに入れ込んだ。一連の作業を平均すると少なくとも一枚のCD作成に2時間は費やしたと思うが個人にとっては貴重な若き日の記録なのでベストを尽くした。ただ心残りなのはイエペスが演奏しているギター協奏曲集に収録されていたBACHのシャコンヌとドンボアの演奏するバッハのリュート組曲第4番が音飛び(物理的な傷によるもの)のため割愛しなければならなかったことだ。シャコンヌは別のソースから挿入も可能だが、それが無くともギター協奏曲集だと割り切れば何の不具合もないと思う。ドンボアのものは組曲の中のブーレが再生不可能であった。一応ブーレを除きCDに焼き付けたが全体の流れとしては物足りなさは否めない。これらの曲は「志摩ギターの会」でも演奏していただいたが、氏はおそらく人前で演奏するまでには何度も何度もレコードに針を落とされていたのだろう。
 今、音楽はとても安価に買うことが出来るが広垣氏の青春時代には収入に対するレコードの価格は決して安いものではなかった。沢山あった欲しいものから厳選を重ね、どうしても手に入れたかったものばかりではないかと作業をしながら思った次第。私も今のようにネットから簡単に入手できなかった頃、遠くまで出かけ大切に抱きかかえ持ち帰った経験がある。懐具合の関係で買うことが出来なかったものについては友の部屋を訪ね聴かせてもらったこともあった。音楽がとても貴重で有り難かった時代があったと思う。
作成したCD
 「志摩ギターの会」では年に二回という少ない回数ではあるが、4人の演奏者を招聘し、ライブの音楽を楽しんでいる。ある意味とても贅沢なパフォーマンスなのかも知れない。

2012年12月5日水曜日

未だ先の話だが

 先日HCに立ち寄ったときこの秋以来ずうっと作付けしてみたいと思っていた野菜の種を見つけた。それほど入手の難しいものではないのだが何故か私が購入目的で立ち寄ったときには売り場にはなかった。「アスパラ菜」という野菜なのだが美味いという触れ込みだ。美味いという触れ込みに誘惑されて衝動的に栽培するも、それほどではないものも今までにいくつかあった。もちろんその反対もある。桜の花の咲く頃から秋にかけて続けて栽培が可能と記されていた。春には本物のアスパラガスが収穫できるがこの野菜の盛りも一段落した頃に採れるよう植え付けてみたい。まだまだ先のことになるが楽しみがまた一つ増えた。
 今日は山芋、ホウレン草、ルッコラ、キャベツ、柚、大根をもってY氏の別宅を訪問した。氏は先日のコンサートにも顔を出していただきおまけに差し入れのお菓子も頂いてしまった。小一時間雑談を交わした。夜八時を過ぎた頃友人のB君から昨日差し上げた野菜の食べ方について問い合わせがあった。菜園ではルッコラが絶好調で私もキャベツやパセリのみじん切りと合わせて好みのドレッシングでサラダにして食べるのが気に入っているが、生育が好調すぎて隣に植えてあるイチゴに覆い被さろうとしている。もう少し食べ方について詳しくお伝えすれば良かったと反省している。

2012年12月4日火曜日

野菜を収穫していたら

今日の菜園
 早朝、雷鳴で目が覚めた。今日は友達に約束していた野菜を採りに行くことにしていたが雨後の菜園は少しでも柔らかいところに足を入れると泥だらけになってしまう。天候の不安定だったのは早朝だけだったので午後から畑に向かった。野沢菜、ホウレン草、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ルッコラ、柚を採っていたら軽トラからO氏が降りてきた。小一時間ほど立ち話をすることとなった。O氏は私よりも一回り年令は上なのだが害虫対策をいろいろと聞かれた。どうやら夜踏虫に野菜達が散々食い荒らされてしまったとのこと。私もこの虫には閉口している。せっかく発芽しこれから大きくなるところまで育った苗が根元から食いちぎられてしまうのだから始末が悪い。最近は豌豆がその被害に遭った。保険の意味も兼ね一カ所に複数個の種を蒔き適度な大きさに育ったら間引きをして育てるのだが、その直後根元から食いちぎられてしまうのだから悔しさも倍増する。そして奴らは苗全体を食べるのではなく食いちぎったらそのまま放置して昼間は土の中に姿を隠してしまう。カリフラワーも花蕾の部分を汚く食い荒らしている。こちらは収穫期に差し掛かっているので消毒なんか出来ない。私もこれと言って対策をしていないのでO氏にはオルトランやスミチオンという薬が効果があることを伝えた。
 立ち話の中で昔、母親達が作っていた頃は白菜にしても立派なものが収穫できていたが、自分たちが耕作するようになってからは、なかなか良いものが採れないと言っていた。もしかしたら野菜作りの秘訣が伝わっていないのかも知れないと思ってしまった。私も同様で母親達が耕作していたときの方が害虫の食害も少なく姿形の良いものが収穫されていたように思う。品種の多様化で野菜自体がひ弱になったのかも知れないし肥料や使用する薬が多くなったのも一因かも知れない。
 また、半分ほど掘らずに残っている「つくね芋」の話に及び近所のYさんから種をもらい今年は絶好調だという話も伺った。数年前Yさんに種を差し上げたのは私なのですが、このように種芋がまわりまわって広がっていくというのは面白いと思った次第。
 

2012年12月3日月曜日

たまには草花を

 名は知らなくてもいつも心にかけていた草花がある。今日HCで買い物をしレジに並んでいたら目の前のお客さんの買い物篭に私が以前より恋いこがれていた草花があった。人様のバスケットの中を覗くような下品なことは普段滅多にしないのだが、この時ばかりは目に飛び込んできた。急いで引き返し草花の売り場へと向かった。迷わず二種類の鉢を手に取った。名前も知らなかったのだが「オキザリス」と記されていた。この草花、以前某A町の郵便局の前に植えられていて鉢から溢れんばかりに可憐な愛嬌を振りまいていた。一目惚れというか余りにも綺麗だったので何回かその郵便局に出向き局長さんと顔なじみになり一株頂いた経緯があった。残念ながらうまく活着せず枯れてしまったが、それ以来いつかは再挑戦をしたいと思っていた。 
O. versicolor

早速定植してみた

 ガーデニングは余り興味が無くもっぱら口に入る野菜ばかり栽培しているが草花も育ててみるのも良いかなと思った。培養土と鉢をついでに買い求め早速玄関前に置いてみた。ここなら水やりを忘れ枯らせてしまうことはないと思う。
 
 調べてみたらカタバミの仲間と言うことだった。なんだ、雑草じゃないかと思ったが、今日定植したものは(バーシカラー〔O. versicolor〕南アフリカケープ地方原産、葉っぱは細長いです。花は白で、裏側のフチが紅色になります。つぼみの状態では、白と赤のストライプがねじれたようになり、ポップでキュートです。床屋の看板から青色を抜いたようなカラーリングです。少しつぼみがほころんだくらいが特にキレイです。シボリカタバミとも呼ばれます。主な開花期は秋~春です。)と記されていた。郵便局で見かけた立派な鉢に育ってくれると良いのですが。







2012年12月2日日曜日

家の前の側溝

 夜もかなり更けた頃、車が通るたびに側溝の蓋をガタガタと響かせていく。私はそれほど気にはならなかったが気にかけている人がいたのだろうか。昨日から側溝を全て取り外し鉄筋を入れて全体をコンクリートで固める工事が始まった。もともと狭い道で車が通行することなど考えてはいなかった道だ。最近は抜け道として利用する人も増えてきた。車さえ通らなければこのような工事も不要なのだが・・・。狭くおまけに坂道になっているので道が良くなりスピードも出て交通量も増えるのだから交通弱者や静かな暮らしを求めているものにとっては何とも言えない部分がある。狭い道を普段から掃除をしたりして丁寧に使ってきた近所の人はどこに小さな子どもがいて、どこに足の不自由なお年寄りが住んでいるか知っているので車のスピードも控えるのだが、そのような小さなコミュニティの事情を全く考慮しない行動だという権利意識の強い人には閉口してしまうことがある。
 以前のことだが他府県ナンバーの車が迷い込んできたことがあった。Uターンするのだが近所の農家の人が大切に耕している畑に侵入して方向転換をして逃げ去っていった。大きな轍が残り無惨な状況になっていた。非常識な人のために余分な労力を強いられるのは困ったものだ。
ご苦労様。工事をしている人も決して若くはない
 側溝の工事も手放しでは喜ぶことが出来ないこともある。

2012年11月30日金曜日

今日の作業

 菜園では気温の低下に伴いまだまだ健気に実を成らせ続けていたピーマンとシシトウを全て撤去した。夏野菜だという思いが強いため最近では収穫も殆どせずにいたので赤く熟している実が多くあった。一本の苗でどれだけ実を収穫したか数え切れない。
 アスパラガスもそろそろ地上部を刈り取らねばと思っていたので撤去したが雑草がかなりはびこっていた。
粘り気があり美味い「つくね芋」
 今日の最大のおお仕事はつくね芋堀だ。伊勢芋は葉が早く色づいたがこちらは生命力が旺盛でまだまだ青々しているが芋は成熟しているので半分ほど掘ることにした。ツルが海苔網にしっかりと絡みついているのでこれを刈り取るのが大変だ。鎌を砥ぎ根元を切り離し絡みついたツルをなるべく網に残らないように取り外した。除草の手間を省くため黒マルチを貼ってあるがこれも取りはずしスコップで傷付けないように慎重に掘り続けた。乱暴に掘るとこの芋は柔らかいので途中でポキッと折れてしまう。コンテナに二杯掘ったのでこの作業は終えることにした。イノシシたちは涎を流していたと思うが、なんとか食べられずに収穫まで漕ぎ着けた。
 もうひとつ、生姜の最終の収穫だ。これはそれほど難しくはないが来年の種生姜も兼ねて収穫した。「金時」と「おたふく」の二種類で早速持ち帰り発泡スチロールの箱に保存した。ほうれん草、キャベツ、青梗菜、ネギ、ミツバ、大根、ルッコラを採り作業は終わった。
 新鮮な野菜をと思いお隣にお裾分けしたら丸々と太ったマサバとアオリイカをいただいてしまった。いただきすぎなので、また野菜を持っていった。(笑!)

2012年11月26日月曜日

先ずはクリーニング

 広垣氏から依頼のあったレコードのCD化の準備をしているが、昨日はオーディオ用のブランクCDとブラケースを購入した。レコードは2枚組のものもあるのでケースもそれに合わせたものも入手した。未だ視聴はしていないが古いものなのでチリ音やスクラッチノイズが予想される。後者はレーザーで読みとるプレーヤーを使用しない限り無理だが埃などが原因の雑音は丁寧に洗浄することでかなり克服できる。いつもの作戦(バランスウォッシャー&ビスコ)で20数枚のレコードのクリーニングに取りかかることにした。CD化した後のレコードはもう不要だと言うことなので有り難く拝受させていただくことにした。今日の作業はここまでだが、広垣氏の言っていたようにJ.Breamのレコードには直筆のサインが入っていた。これはマニアにとってはまさに「お宝」である。さらにこれらの中にはダンスリールネサンスの「絆」というアルバムが含まれていた。日本を代表する古楽器のコンソートであるが恐らくCDで入手するのは不可能だと思っている。

クリーニングの準備完了

 私、友人・知人宅を訪れたとき書斎の書架を拝見することがあるが、その蔵書を見せていただいただけでその人のことが良くわかるような気がする。ディスクコレクションも然りで所有者の趣味の良さを垣間見ることが出来る。

 このレコードの所有者はルネサンス・バロック・古典から現代曲に至るまでありとあらゆるジャンルの曲をレパートリーとしているが、彼の好みの一端を見せていただいたような気がした。一枚のレコードの値段は2000円前後であったと思うが一月の収入に占める割合は今のCDの比ではない。かなり高価なものだったと思う。私も学生の頃からどうしても欲しいものは家庭教師などのバイトをして手に入れていたが大事に扱い何度も何度も針を落として聴いていた。LPレコード全盛の時代、それにしても当時、指をくわえて我慢していたものが何と多くあったことだろうか。


2012年11月25日日曜日

ヤーコン茶

 玄米と少しばかりの野菜を食べていれば良いのだが飽食の限りを尽くしたため血糖値が上がってしまい糖尿病一歩手前・・・。私のことではないが周りにそのような人が増えた。まだまだ現役で働けるのにお医者さんから勧められたのだろうか散歩をしている人が目に付く。昔はこのような贅沢な時間を過ごしている人はあまり見かけなかったように思う。
半ば雑草化したヤーコン
 糖尿のことをいろいろ調べていると「ヤーコン茶」に効果があるとか無いとか記されていた。そう言えば菜園の片隅にヤーコンが植えてあったことを思い出した。芋は梨のような味がしてサラダやダイエットに良いと言うことで何年か前に植えたのだが、あまり積極的に食べようとは思わなかったのでそのまま放置してあった。この植物、なかなか生命力が旺盛で菜園では半ば雑草化していた。お茶はこのヤーコンの葉を刻んで乾燥させるだけで良いようなので、人様のお役に立てばと思い採集してきた。どのようなお茶になるのか見当が付かないが今、洗って刻み終えたところである。
 

第12回コンサート無事終了

 少し寒さを感じる一日であったが第12回志摩ギターの会のコンサートは無事に終了した。前回所用で参加できなかった方や新規の方を含めると十余人の会員が新たに入っていただけた。トータルで32名の会員で本年度は活動出来たことになる。
第12回コンサート
 コンサートは吉川さん、広垣さんそしてDr.井本さんの3名の演奏で盛会だった。今回は紅一点の小林さんが所用で演奏が叶わなかったが、吉川さんは特殊な調弦のため2台のギターを持参してくれた。練習の積み重ねによる確かな弾弦は粒の揃った佳演だった。広垣さんのリュート組曲第3番(J.S.Bach)も参加者の耳を釘付けにした。私の主観であるが、後半のサラバンド、カポット、ジーグは手慣れた演奏と言うこともあるかも知れないが音楽がよく流れていたように思った。休憩を挟み今度は11弦ギターに持ち替えリュートやビウエラのために書かれたバロック・ルネサンス時代の曲を披露されたがJ.ダウランドの曲をもっと聴かせていただけたらと思った。Dr.井本さんは患者さんをかかえつつ今回も何とか演奏時間を確保してくださり津市から駆けつけてくれた。今回も6弦、11弦の二刀流で十八番を披露してくれたが、指の不調をものともせず巧みな話術を交え会場を湧かせてくれた。相変わらずの甘い井本サウンドは健在だった。
 今回は谷川原氏の働きかけでこの会に注目してくださっている2名の方にお会いできたことも有り難かった。本会のHPをアレンジしてくださっているMさんとブログを読ませていただいているもう一人のMさんに来ていただけたのは何よりだった。また、お菓子や新鮮なミカンを差し入れてくださったYさんTさんには心より感謝!(ペコリ)いつも会員の数について心配してくださっているN氏、鳥羽市から毎回来て下さっているもう一人のN氏、ポスターの貼付についてご支援いただいたもう一人のY氏、いつも受付の係りを快く引き受けて下さっているRちゃん・・・。多くの情熱を持った方々にこの会が支えられている有り難さを実感しました。(深謝!)

2012年11月23日金曜日

プログラム作成

 前日の準備と言うことでプログラムを作り終えた。A4の用紙を二つ折りにして見開き表裏4ページのものだが、プログラムと曲目の解説そしてウンチクをしたため自宅のプリンターで印刷した。読んでいただける会員の方も見えるのでいろいろと下調べをして書き上げた。体裁にもっと工夫があると良いのだが毎回殺風景なレイアウトは成長の見込めない私の美観によるもの・・・お許しを請う。
手製のプログラム
 プロ作成中にDrからメールが入り、開けてみると「吐血の患者2名をかかえていますので、急変した場合は行けません。」とのことであった。人の命を預かっているのだから私も十分に承知している。ちなみに持ってきてくれる曲は1)愛のロマンス(スペイン民謡)、11弦ギター2)アルハンブラの想い出(タレガ)、6弦ギター3)さくら変奏曲(日本古謡)、6弦ギター である。毎回これに加え漫談のようなお話しが聞けるが楽しみにしている会員も少なくない。


2012年11月22日木曜日

広垣氏所蔵のレコード

 80年代にCDが登場したかと思ったらあっという間にレコードが駆逐されてしまった。ヤフオクなどでは流通しているがアナログレコードが聴ける環境を保持している家庭は少ないと思う。プレーヤーの劣化や消耗品である針の入手が困難になりつつある。ギターの会のメインゲストである広垣氏のマガジンhttp://www.amigo.ne.jp/~hiro7167/cn_iseにアナログレコードをCDに焼いて欲しいという呼びかけがあった。約20枚程度のLPのデジタル化の作業になるがいつもお世話にもなっているので早速OKの電話を入れた。CDのコピーはPCの中であっという間に終わってしまうがレコードの場合PCに取り込むのは全ての演奏時間の間、聴くことになる。何倍速という時間の短縮はできない。氏のコレクションを聴かせていただくと思えば楽しみもあるので快諾を申し出た。
 良い演奏でもなかなかCDでは手に入らないものや、そもそもCD化されていないものもある。貴重な音源が再生されないまま眠ってしまうのは残念なことであるし、買いたいものを我慢してお小遣いを貯めやっと購入したレコードには思い入れも強いのではないかと思う。
 明後日のコンサート会場に持ってきてもらうように連絡したが、PCに取り込むだけでも20時間はかかるし音源のクリーニングや諸々の作業を含めるとその倍の時間は覚悟しなければならないが年末を目途に少しずつ取りかかることにする。

2012年11月21日水曜日

野菜は作品?


柔らかく瑞々しい

 今日はキャベツ、ホウレン草、山芋、大根、白菜、ユズ、生姜、カブを収穫した。ここまでの道程は山あり他にありの連続(少し大袈裟)であったが成就感という喜びが作物にプラスαで付いてくる。キャベツは7月下旬に種をポットに蒔き家の軒下で育ててきた。高温時の中、徒長したり消滅してしまったりで脱落していったものもあったが、何とか育った苗を9月に定植した。定植後も台風や害虫と戦い残暑が去って涼しくなってから結球し瞬く間にキャベツらしくなってきた。先週あたりからぼちぼち予定していた大きさに届き始め今までに10個ほど収穫した。
味が濃くビタミンが多そう!!
 ホウレン草は小松菜やしろ菜、たい菜などのアブラナ科の野菜よりも栽培が難しい。土壌のpH調整や発芽率を高めるための処置等手間がかかる。例によって種を蒔きすぎたので間引きが大変だった。一雨ごとに劇的に大きくなりやっと収穫できるサイズにまで育った。濃い緑の葉が食欲をそそる。
 店で買えばキャベツにしろホウレン草にしろこの時期それほど値のはるものではないが、手間暇かけて育て上げた野菜達は産物と言うよりは作品に近いものがある。イメージどおり作品が出来上がったときの満足感は何ものにも代え難いものがある。

2012年11月20日火曜日

しょい(醤油)めし

 タイトルからするとご飯に醤油をぶっかけた食べ物に見えるが、実は鵜方の町に古くから伝わる料理なのだ。平たく言えば混ぜご飯に近いものだと言える。私も子どもの頃祖母に食べさせてもらったことがある。作り方は白米と具材を別々に炊く。出汁や酒を効かせたご飯が炊きあがったらそこに分量の生醤油をかける。この工程が他の混ぜご飯と大きく違うところだと思う。具材は今日の場合鶏肉、ゴボウ、ニンジン、こんにゃく、竹輪、あげ、椎茸が醤油、味醂、出汁で甘辛く加減してある。調味し炊きあがった具材を醤油で味付けした熱々の釜のご飯の上に乗せしばらく蒸らせばできあがりである。仕上げにネギを刻んで供する。具材は季節によって旬のものがアレンジされるが、私は炊き込みご飯よりもソウルフードの「しょい飯」の方が好きである。漢字で書けば醤油なのだがいつしか訛って「しょうゆ」→「しょい」となったものだと思う。
「しょいめし」を作った
 かつてこの辺は海のものには恵まれていたが動物性の肉は日常の食卓にはなかなか上らなかった。調味料の醤油だって量り売りで買っていた。肉と言えばどこの家でも飼っていた鶏を盆正や祝い事のある特別な日に絞めて食べていたらしい。私の家も鶏を10羽ほど飼い卵を産ませていたが、自分の家で育てた家畜はどうしても喉を通らなかった。祖父はそのあたりは当然のことのように受け止めていた。当時鶏卵を目的としたレグホン系の鶏のほかにプリモスやコーチンそしてシャモ等の鶏がいたことを覚えている。家の鶏は口にしなかったが祖父の家の鶏は時々食べさせてもらった。今、市販されているブロイラーとは違い味が濃く鶏の風味も格段に良いものだった。似て非なるものとはこのことだと思う。自分でも鶏を飼ってみたいとは思うし、解体の方法も見よう見まねで覚えているが、餌を与えペットのように感情が移入されてしまうと食べられないのではないかと思う。結論は保留である。
 具材のに使う野菜は自給しているがネギは冷蔵庫に入っていなかったので菜園まで採りに行った。馳走という言葉が当てはまる今日の行動であった。このソウルフードは昔の郷土の人々にとっては晴れの日の食事でご馳走であったことは想像に難くない。この町の郷土食は「しょい飯」の他にいくつか思い当たるが、中には食材の確保が大変なものもある。思い立ったときには、まさに馳走しなければならなくなりそうだ。

2012年11月19日月曜日

ふと思い立って

列車は変わった
 私がクラシックギターを始めたのは大学のクラブが最初だった。4月に入部してカルカッシの教則本を購入し名古屋の楽器製作所まで先輩に連れられて楽器を買いに行った。マンツーマンで上級生が手を取り足を取り指導してくれたわけだが、最初はなかなかスムーズに指も運べず夏休みまではイ長調の部分まで及第点を取るのがやっとであった。最初の難関が夏合宿であった。ゼミの関係で一日遅れで合流したのだがその合宿地が暑さを避けるため信州の飯田市付近の山中の村であった。かなり昔のことであったのでどこに宿泊したかは忘れてしまったが、とにかく一週間というものは全く自由行動が無しで朝から夜まで食事の時間を除きギターを引き続けた。遅れての合流であったが名古屋まで出て豊橋から飯田線に乗り換え各駅停車で飯田の方へ向かったのを覚えている。たまたま私の指導に当たってくださった先輩が新城市の出身ということで沿線の景色を目に焼き付けながらの行程であったが、信州とは言え期待していたほど涼しくはなかった。おまけに毎日の食事が野菜中心の質素なもので食べ盛りの若者にとっては動物性のタンパク質に植え続けた一週間であった。帰路途中のラーメン家で口にしたチャーシューが唯一の肉だった。


景観は殆ど変わらず
 その後いろいろといきさつがありクラシックギターだけを演奏するクラブの方に移籍していったが、お世話になった先輩の郷里である新城を眺めながら飯田線の旅をしたいと思い続けていた。思い立って紅葉の飯田線の旅に出かけてきた。列車や駅舎は当時のものとは違い綺麗になっていたが沿線の景観は当時のままであった。むしろ林業の衰退や過疎化のため住む人のいなくなった民家が散見された。新緑の頃もう一度訪れたいものだ。

2012年11月17日土曜日

イノシシとその餌

 獣害にはいつも冷や冷やさせられてしまう。甘藷は全て掘ってしまったが、まだまだ畑にはイノシシの好物の山芋や里芋が殆ど掘らずに残っている。一度侵入されると一晩で全てが食べ尽くされてしまう。先日も胸騒ぎがして電気柵のバッテリーを点検に言ったら放電してしまっていた。急遽充電済みのものと交換して事なきを得た。余談になるが甘藷を掘っていたら冬眠中のシマヘビも一緒に掘り起こしてしまった。画像はないが一㍍を越えるサイズのものであったが、この寒さの中体の動きは緩慢であった。このシマヘビは菜園のどこかに住み着いているもののような気がする。突然出てくると驚くが野ネズミなどを補食してくれているのではないかと思っている。害獣と言えば隣町の磯部には猿も出没しているようだ。これも出没するようになったら、いよいよ菜園ネットの3D化を考えなくてはならない。

ここまで掘り尽くすか!!
 さて、イノシシのことだが電気柵と防獣ネットの外側では夜な夜な土を掘り返し、土中のミミズ(多分)を食べている。それはいいのだが土手を崩してしまうので地形が変わってしまう。この時期、彼らの餌は動物性のものを好むのだろうか?志摩の雑木林の中には自然薯が沢山食べ頃になっている。畑の道を挟んだ西側にも自然薯の蔓が雑木に絡まり葉が黄色く色づいている。人が掘り出すには時間と労力が大変なので目の前にあっても掘ろうとは思わないが、見るからに美味そうな芋が地下に埋まっているように見える。イノシシたちも畑の作物を狙わずに天然の山芋を食べてくれると良いのだが。
この蔓の下には天然の山芋があるのだが

もっと近寄って

 先日日頃「志摩ギターの会」の運営に格別のご賛同ご支援を頂いている級友のT氏を尋ねた。氏とはかつて阿児を中心に活動していた映画の自主上映会でご一緒していただいた仲間でもある。時々氏のコレクションから私のハードディスクに名画の数々をDLしていただいている。この日も出来上がったから取りに来るようにと言う連絡を頂いた。
 24日(土)に近づいてくるギターのコンサートの話をする中で野菜作りの話題が持ち上がった。市内で循環型の野菜作りをされている方のブログを紹介してもらったりしているうちに私のブログに載っている野菜達をもっとクローズアップしてはどうかという提案も頂いた。
豌豆の幼苗
 今日は荒天でとてもじゃないがフィールドへは出られないので昨日の作業の一つ、豌豆の蔓を絡ませるネット張りとようやく育ち始めた苗の様子を張ってみた。豌豆は私の場合、青のりの古くなった網を使い回ししている。絡みつくまでが一苦労でようやく網の目に丈が達した頃冬場の北西風に翻弄されてしまうが今年は誘引の方法を考えてみたい。

2012年11月16日金曜日

ブルーベリーの手入れ

ここだけ酸性土壌
 今年の夏、ブルーベリーの栽培講習会に参加したが畑に植えてあるブルーベリーの木には成果が反映されてこなかった。畑は概ね酸性に傾く傾向があるのでそれほど深く考えずに苦土石灰を入れたり有機石灰(蠣殻の粉末)を投入しpHの調整をしてきた。あまりにも適当だったので酸度計も昨年購入している。また石灰分の投入による土壌の硬さを調整する意味でも有機堆肥(主に牛糞)を大量に鋤き込んできた。残念ながらブルーベリーの栽培にはこの方法は適していない。先月ホームセンターで酸度無調整のピートモスを購入し準備をしてきたが他の作業があり延び延びになっていた。せっかく酸度を調整しても近くの土と混ざってしまっては困るので部分的に隔離することにした。畔シートで囲いそこにピートモスを投入するという単純なことなのだがツルハシを取り出し土木工事を行った。未だ肥料分を投入していないので牛糞を頃合いを見て寒肥を兼ねて施したい。
 pHについては化学の時間以来(かなり昔)のご対面だがこの数値が対数であることまでは普段なかなか意識してこなかった。例えばpHの値の差が2ということは実際には100倍の違いがあるわけだからいかに植物たちは多様な環境に順応して生きていることがわかった。菜園で正確なpHを計測しながら野菜を作り続けることは計測環境が整っていても実際問題として不可能に近い。やはり適当に例外を除き弱アルカリで栽培し続けることにする。

2012年11月15日木曜日

ユズが色づく

 数年来ユズがコンスタントに実を生らせている。畑の半日陰で条件のあまり良くない所に植えてあるのだが、雑木林が今ほど背丈が伸びていなかった頃、母と植えたものだ。まさかここまで雑木が勢力をもたげるとはその頃思いもしなかった。今年も自分では使い切れないほど実を付けているが私は青いユズを香味に使うのが好きで熟したものは漬け物に和えたり椀の吸い口に使ったりしているが大半は湯船に浮かばせてしまっている。何個も食べるものではないが畑の隅に一本の木があるだけで初夏から冬場にかけて香りを楽しむことが出来る。「桃栗3年、柿8年、梅はすいすい13年、柚子は大バカ18年」という言い伝えがあるが、このユズも実がなり始めるまでは随分と時間がかかった。一緒に植えた母は既に亡くユズの香りを楽しむことは出来なかった。

2012年11月14日水曜日

ルッコラでサラダ

 思えば自分の子どもの頃には栽培していなかった野菜が最近では身近なものになってきた。失われた20年間、景気は減退し昨今では浮沈とまで言われていた大企業がかつて経験したことのないような経営危機に陥っている。これらの企業で働く近親者のことを思えば人ごとでは済まされない。
 それはさておき、自分の町でも外食産業が進出したり大型のスーパーの進出に伴い食がバラエティに富み豊かになってきた。秋から冬にかけ私の子どもの頃には、栽培されていた作物もその品種が限られていた。白菜、大根、ネギ、ニンジン、里芋、菜っぱの類だったと記憶している。品種改良によりそれまで志摩では栽培されていなかった野菜が生育可能になったり外国の野菜が食の多様化によって普及してきた事もある。前述の定番野菜の他に私の菜園には山芋、球レタス、リーフレタス、キャベツ、豌豆、空豆、ホウレン草、野沢菜、わさび菜、チンゲンサイ、イチゴ、菜花、馬鈴薯、玉葱、わけぎ、三つ葉、カリフラワー、ブロッコリー、小かぶ・・・etcそしてルッコラが植えられている。本来我が国の固有種だと思っていた野菜も種の袋をよく読んでみると海外で採種されたものが多い。今育てている大根などは驚くなかれmade in Japanではない。

食べ頃のルッコラ
 さて、ルッコラのことであるが9月に種を蒔き育ったものから適宜間引きを兼ねてサラダにしていただいているが、ゴマの風味と独特の辛みと苦みが鼻腔をくすぐる。キャベツなどのせん切りにイタリアンパセリのみじん切りを混ぜさらにルッコラを手でちぎってドレッシングをかけるだけだが生野菜が美味しく感じるようになった。魚のムニエル等の脇に添えるのも今までとは違った一皿を食しているような錯覚さえ覚える。今日も数株採って来た。

2012年11月12日月曜日

雨上がり

間引き半ばのホウレン草
 昨晩はまとまった雨が降った。お湿りを頂くと菜園の様子が変わって見える。葉に積もった埃が洗い流され緑が濃くなることと、一日で野菜が大きく生長することに驚く。二時間弱の作業であったが空豆の不織布を全て取り去り野菜を収穫した。
 ほうれん草が数日前に間引きを済ませたにもかかわらず混み合って来たのでここから再度間引きをした。発芽率がいつも気になっているので蒔く種の量が多いためどうしても密植状態になってしまう。本格的な収穫までにはまだ2回は間引く必要がある。

ここは採りきれなかった。
 我が菜園はいろんな野菜を欲張って育てている。それぞれの野菜には個別の味わいがあり育ち方も違うので生育の状況を観察しているだけでも楽しいものである。カブを掘り、ブロッコリーを採り、小松菜、葉大根、しろ菜を抜き、ルッコラ、キャベツを採り、里芋、ユズそして大根を採って作業を終えた。春菊、白菜、野沢菜までは手がまわらず採りきれなかった。

2012年11月10日土曜日

志摩ギターの会への言葉

 志摩ギターの会も発足してから早や足かけ六年になるが、いつもあと5名ほど参加者が確保できればと思っている。毎回10名ほどは熱心な方々で発足後足を運んでいただいているが15~20名の方々は何回か前のリピーターの会員であったり新規の方になっている。前回のコンサートで会のあり方について何かご意見があれば拝聴したい旨、提案させていただいたが、今でも会員相互の交流が出来ればと願っている。
 そんな中、葉書とメールでご案内を差し上げたK女史より私個人的には、強制ではなく、都合がつけば気楽に参加できる今の「楽しむ会」が好きです。気の知れた仲間がギターを囲んでサンダル履きで集い、ひと時を共に過ごせる贅沢な時間だと思っています。というリプライのメールを頂いた。まさにサンダル履きで集いというフレーズはこの会をスタートさせたときのコンセプトそのものなので俄然意を強くした。演奏者の方々には本当に交通費程度しか差し上げられないが、会の継続のためにもご理解いただけたら幸いである。
 Dr.井本氏のブログには11弦ギターは確定しているが6弦ギターの選定に迷っていることが記されている。左手小指の関節に痛みがあり押弦の楽な張力の弱い楽器の方が都合が良いとの記述である。楽器を抱きかかえながらいつも楽しい話をしていただいているが今回はどのようなステージになるか楽しみである。

2012年11月7日水曜日

ポスター貼付

 船越町のY氏から鵜方のM眼科医院と調剤薬局で志摩ギターの会のコンサートポスターを貼らせていただけるようお願いしたという電話を頂いた。前回もY氏には交渉の労を取っていただいている。早速出かけポスターの貼付をお願いしてきた。目の具合の悪い患者さんばかりだと思うが見ていただけるだろうか?
豌豆の幼苗
  今日は小松菜を中心に葉物野菜の収穫と甘藷(鳴戸金時)を2畝掘る予定で出かけた。小松菜は丁度食べ頃であったが甘藷はコガネムシの幼虫に表面が囓られ堂々と人様に差し上げられるような代物ではなかった。来年は圃場を変更しなければならなくなった。予定外の作業はルッコラ、里芋、山芋(つくね芋)、三つ葉の収穫と冬野菜の生育チェックを行った。過日種を蒔き不織布で覆った空豆と豌豆(スナップ、絹さや、グリーンピース)が覆いを突き上げていたので取り払った。ここまで育てばもうカラスに食べられることもないと思う。冬野菜の見回りをしていたらブロッコリーがそろそろ収穫時期を迎えていた。いつもは9月に入ってから種を蒔き苗育てをしているのだが今年は7月下旬に種を蒔いている。台風で根が半分ほどちぎれかけていたものもあったがその後は順調に育っている。(アオムシは沢山発生しているものの。)
ブロッコリーが育つ

2012年11月4日日曜日

自家栽培の玉葱苗を植える

自家製の玉葱苗
 今まで玉葱の苗と言えば大抵ホームセンター 等で購入してきた。今年も大半は先日買い求め定植したのだが、種から育てることに挑戦してみた。中晩成の種を一袋買ってきて苗を育ててきたがそろそろ定植の時期が来たので一列植え付けた。難点は店で買うものに比べて生育の度合いに不揃いが出来てしまっていることだ。多分売られているものは選別もしていることだろうと思う。いずれにしても自家消費なので大きさや生育時期にバラツキが出てもさほど気にはならない。収穫したものを用途別に食べ分けたら済むことだと思っている。私にとっては種から育てたことに値打ちを見いだしている。

2012年11月3日土曜日

甘藷を掘る

 ここ数日畑に行っていなかったが、久しぶりに足を踏み入れると仕事が山ほど待っていた。ほうれん草、ゴボウ、小松菜、葉大根が間引きを訴えかけていた。自家栽培で育てたタマネギの苗もそろそろ定植を促している。畝に牛糞堆肥を鋤き込み二列の圃場を仕上げた。その内の一列にはチンゲンサイ、小松菜、小カブ、葉大根の本年度最終の種蒔きをした。作業途中いつも畑の前の道を通られる篤農家N氏が豌豆の蔓がよく育つように竹の枝をあげると申し出てくれたが海苔網に蔓を絡ませているのでお礼だけ述べた。
 ここまでが午前中の行動だったが久しぶりに畑で弁当を食べることにした。シャケと卵焼きと漬け物のシンプルな食事であるが、体を動かした後の空腹には何よりのご馳走である。あまりにも美味いので喉を詰まらせながら一気に空っぽの胃袋に収めた。小屋の前にブルーシートを敷きしばしゴロッと背中を伸す。気温が下がってきたせいか休憩を邪魔する昆虫たちはもうやってこない。少し風はあったものの空を見上げながら至福の時間を楽しんだ。
 このまま家に帰っても良かったのだが、芋畑をみるともうそろそろ掘っても良いように見えたので二列だけ収穫することにした。例年文化の日前後に芋掘りをしているが、今年は植え付けが遅かったので収穫の時期を延ばしている。干し芋用(志摩ではキンコ、私の町ではニッキンチョと呼んでいる。)と焼き芋用のものをそれぞれコンテナに山盛り一杯収穫した。この作業は以外と腰に応える。蔓を刈って、それを処分し黒マルチを剥がしスコップで掘り、しばらく乾燥させてからコンテナに入れ車まで運ぶのだが徐々に背筋や腕の筋肉が鈍ってくる。
 きりがないので今日は二列だけにして帰ることにした。日が暮れるのが早くなり夕方には汗が気化し体温が奪われるような季節になった。芋掘りは日を改め、残りを収穫することにした。N氏の話では霜が降り葉が枯れる頃までに掘ればいいと言うことだった。

2012年11月1日木曜日

コンサートの案内


コンサートのチラシ
 今日は志摩ギターの会定例コンサート(第12回)の案内状とチラシを作成した。あまり早く送付してもうっかりと忘れてしまうことがあるので最近は3週間前を目途に発送している。とは言え、この作業は自分一人でやっているので、ついつい延ばしがちになってしまうことが多い。  春のコンサートのチラシに上書きをしていく(手抜き?)作業なので時間はそれほどでもないが、全体のトーンは紅葉の色を意識した。
 経費を極力抑える意味でも手渡しが可能な所は郵送は控えさせていただくことにした。Y氏から会員相互の親睦もという課題をいただいているが時間の許される範囲で歓談の時間も設けたいと思っている。
 案内状は明日発送と言うことで第12回のコンサートはGo!ということになった。